午後10時半。向かいの部屋に電気がついたのを、カーテン越しに確認。
あたしはすっくと立ち上がり、勢いよく窓を開けた。
そして、思いっきり息をすって。
「おーい!お隣さまー!ちょっといいッスかー!!」
近所迷惑をかえりみず、4メートルも離れていない向かいの部屋へ野次を飛ばす。
案の定あっちはスルーだけど、これ以上なめられっぱなしで黙っていちゃダメだ。
あたしだって、言うときゃ言うんだってこと、ガツンと証明しなければ。
「いるんだろ!プリンスー!おいこらー!橘 アキ!!」
ガラッ!とカーテンごと窓がスライドした。
「なんすか」
暗闇の向こうに、端正な顔が現れる。
はじめてみた彼の‘表情‘は、少しムスッとしていた。
「あんた、さっきはよくも失礼なこ言ってくれたジャン」
「・・・・・は?」
「昨日は初対面だからガマンしたけど、そのふてぶてしい態度、もぅガマンならんわ!」
「・・・・・・」
「ほらね、そぅやってすぐ黙る――」
「あのさぁ」
「え?」
「なにいってんだか、さっぱりわかんねーんだけど」
「はい?」
「だから。さっきって、なんすか」
予想外の反応に、あたしは返す言葉をなくした。
・・・・えっと。もしやホンキでいってる?
果てしなく表情が読み取りにくい橘 アキだけど・・・・・・
うん、おそらくこの顔は、ホンキで状況が飲み込めず困惑してる顔だ。
まさか・・・・・・と思いながら、あたしはハンガーにかけた制服を手にとり、それを体の前に合わせる。
すると「あ」とひらめいた表情で、彼が言った。
「もしかして、今日の学食の人?」
「・・・・・うん」
「全然わからなかった」
・・・・やっぱり。
つまりアレね。家じゃスッピンだけど学校ではフルメイクだから、同一人物だと気づかなかったわけね。
ガクーッと体の力がぬける。あまりにも悪びれる様子もないから、怒る気にすらなれない。
そうか、この男には、あたしの常識は通用しないんだ。
いや、そもそもあたしの常識なんて、取るにたらないプライドを守るためのちっぽけなものだけど。
・・・・もーいい。やめた。そう思って窓をしめようとしたとき。
あたしの横を小さな影がヒュンと横切り、宙に向けてジャンプした。
「あっ・・・・・・」