現下のイラク情勢について | 大野もとひろオフィシャルブログ Powered by Ameba

現下のイラク情勢について

 イラク情勢が再び緊張の度合いを高め、米国等の出方を含め、国際社会の注目を集めています。本件について見解を明らかにすべきとのご要請もあり、また、某公共放送の日曜討論で全く事実誤認の議論が堂々となされていたことにみられるように、我が国の本件に関する議論が頓珍漢な方向に行かない希望も含め、要点のみですが、以下の通り明らかにさせていただきます。なお、これらの見解の一部は、25日に放映されたBS日テレのニュースの真相で解説をさせていただきました。

1)誰が、イラク政府と戦っているのか。
 「イラクとシリアのイスラーム国(ISISもしくはDAI'ISH)」というアル=カーイダ系の組織がイラク政府を追い詰めて、バグダードが陥落寸前、という論調の報道が横行しているようだが、これは必ずしも正しくない。シリアにおいて制裁をかけられた状態が長期化しているにもかかわらず、この組織はシリア政府から逆に追い詰められている状況にある。このことに見られるように、ISISの能力には限界がある。しかしながら、過去2週間の間に、シリア国境(カーイム)、モースル、キルクーク、タッル・アファール、アンバール県のいくつもの都市がイラク政府のコントロール下を離れ、北部においては二個師団が消滅する等の事態が生じている。
 この事実だけを見ると、ISISは強固なように見えるが、この組織はどうやら、外国人主体の1万人程度の勢力にすぎない。同程度の人数規模で、且つT-72戦車等の重武装をしているのイラク軍の二個師団を完全に制圧するほどのものではない。イラク政府軍を武装解除させ、諸都市を制圧した中心に彼らがいたことは事実ながら、イラク政府を追い詰めているのは、イラクのスンニー派の宗教勢力を中心としたマーリキー首相の手法に反発を抱いてきた人々(旧バアス党勢力や部族勢力を含む)であると考えられる。モースルでは、武装解除した軍人や警察官を集め、イラク勢力に与しないようにしている場所が、権威あるイラク人の説教師がコントロールしているモスクであることや、拠点の警備に当たっているのがイラク人の部族勢力であることが、これを裏打ちしている。

2)事態は長期化するのか。
 上記のような政治的・社会的不満を背景とした勢力が大規模な形で発露しているこの状態は、いわば内戦状態である。2006年から08年まで、イラクにおいてはスンニー派宗教・部族勢力が政権側に抵抗し、そこに乗じてザルカーウィに代表されるようなアル=カーイダ系の組織が跋扈していたが、ISISが政府を追い詰めているというよりも、このような状況の再現と考える方が正しいと思われる。そうであれば、マーリキー退陣等の思い切った事態がない限り、仮に空爆等の措置が行われても、問題の解決には時間がかかりそうである。
 なお、今回の反体制勢力は、反マーリキーでまとまってはいるが、ISISが主張するようなイスラーム国の樹立を共通の目的とするにまでは至っていないようである。その一方で、ISISは、シリアとの往来の自由を生命線としているところ、カーイムのようなこのための拠点は自ら抑えているようだ。
 他方で、事態が長期化すると、別なアクターの動きに注目する事態になるかもしれない。これまで混乱に乗じて既成事実化を積み重ねてきた北イラクのクルド勢力は、イラク政府軍の手から大規模油田地帯で、クルド側がその帰属を主張し、住民投票を求めながら実現してこなかったキルクーク(タアミーム県)からイラク政府軍が撤退すると、その期に乗じてこの地域をコントロールすることに成功したようである。隣国との人や物資の移動の自由及び石油利権を欲してきたクルド勢力としては、トルコやイランを怒らせない範囲で、可能な限り独立的地位を高めたいはずで、とうとう24日には、バルザーニー・クルド自治区大統領が「クルドの将来を決める時期が到来した(http://rudaw.net/english/kurdistan/23062014)」と極めて刺激的な発言を行うに至ったのである。小生の発言がニュースで報道されたが(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140625-00050163-yom-int)、このような背景を述べたことが引用されているのである。
 混迷の続くスンニー派の多い地域がどのようになっていくかはまだ見えないが、イラク分裂の危機をいかに回避しつつ、イラク全土を安定させていくかが、今後の喫緊の課題となる。

3)米国は空爆をするのか。
 オバマ政権が、イラク政府の要請を受けて反体制勢力を空爆するか、が焦点となっているようだ。その一方で、戦略目標と目的が明確化されない中での空爆は困難とのデンプシー統幕議長の議会での証言もある。
 イラクの部族・宗教勢力が跋扈していたころ、米国は大規模な陸上部隊を展開しながらも、その対処に手を焼き、被害ばかりが拡大していたことを、ご記憶の方も多いと思われる。米国とイラク軍がこれらの反政府勢力を制圧し、アル=カーイダ系組織が大きく後退した背景には、スンニー派の多い地域の部族勢力を取り込み、アル=カーイダ系の組織に対抗させ、地域の治安を回復したことがある。
 つまり、かつての不安定な状況が再現している現在、米国としては、単に戦略目標が明確化されていないことのみならず、かつての泥沼に巻き込まれることを懸念せざるを得ない状況にある。11月の中間選挙を前に、共和党側はブッシュ政権の弱腰を批判してくるはずで、オバマとしては、「進むも地獄、引くも地獄」という状況に追い込まれる可能性がある。
 だからこそ、米国は、珍しく力に訴えるのではなく、マーリキー政権に圧力をかける一方、イラクに影響力を及ぼしえるイランやサウジアラビアのような国や北イラクのクルドと協議するといった外交に力を注いでいるといえるだろう。他方で、状況の悪化は、米軍のより積極的な関与を余儀なくさせるかもしれないが、それだけでイラクの安定を約束すると考えるのは、難しいかもしれない。