日韓図書協定について考える | 大野もとひろオフィシャルブログ Powered by Ameba

日韓図書協定について考える

我が国で初めて、炭鉱記録画家山本作兵衛(1892~1984)の絵画や日記など計697点が、福岡県田川市などの申請でユネスコの世界記憶遺産として登録されることになった由、本当におめでとうございました。

さて、今日、国会でいわゆる「日韓図書協定」として知られる協定が承認されました(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110527/t10013150271000.html)。本協定には、自民党などが、韓国側所管の日本の文化財の取り扱いを決めないまま日本側が一方的に文化財を引き渡すのは問題だとして反対し、議場には「売国だ!」等の自民党によるヤジが飛び交いました。

そのような激しい自民党の主張があったので、あえて記しておこうと思うのですが、2006年、東京大学は朝鮮王朝実録(以下、「実録」)をソウル大学に引き渡しました。今回の日韓図書協定で引き渡されることになる朝鮮王朝儀軌(以下、「儀軌」)には唯一本は含まれませんが、実録には唯一本が含まれ、また、韓国では国宝に指定されると共に、儀軌と同様、ユネスコの世界記憶遺産に登録されている貴重な書籍です。

ところが、この「実録」は、独立行政法人たる東京大学所蔵の品であることを理由に、政府は全く何の関与もせずに韓国側に引き渡されました。ここに大きな疑問があります。第一にそもそも、「儀軌」と同様に朝鮮総督府経由で我が国の国有財産となったこの「実録」の引き渡しに、なぜ政府は関与しなかったのか。第二に、独立行政法人所蔵の文化財は、それが重要文化財に指定されていない限り、独自に処分してよいことになっているが、マグナ・カルタやアンネの日記と同様に世界記憶遺産に登録され、韓国で国宝となっている「実録」が、なぜ我が国で重要文化財に指定されなかったのか、あるいは検討すらされないまま引き渡されたのか。第三に、2006年、当時の麻生外務大臣は国会での答弁として、我が国に残された朝鮮半島由来の文化財引き渡しに関し、「重要なことは(1965年の日韓基本条約によって解決済みであるから)返還ではなく、引き渡されることである」と述べているが、引き渡された「実録」が韓国において「還収」もしくは「返還」とたびたびされていることで、果たしてよかったのか。

そこで木曜日の外交防衛委員会でこの「実録」の問題を取り上げ、上記の質問をしたところ、以下のような答弁でした(議事録が公表されたら、改めて小生の質問とそれに対する答弁はこのブログにアップします)。

第一に「実録」の引き渡しに際しては、東京大学から通告はあったが、重要文化財に指定されていなかったので、何ら関与しなかった。

第二に、所有者が申請をしなかったので重要文化財に指定しなかったし、現物についてもよく承知していなかった。また、ユネスコ等での評価は必ずしも我が国の文化財基準の価値と同じではない。

第三に、東京大学が引き渡したものであるから、韓国側が使用する用語について政府が関知するものではなかった。

しかしながら、「実録」は当時多くの報道で取り上げられ、国会でも取り上げられたことがあるのだから、やはり政府は「実録」の引き渡しという外交上の重要性を有するこの問題に目をつぶったことは、適切ではなかったと思います。

また、所有者が申請しない場合でも、重要文化財に指定された例は数多くあるどころか、法律によれば所有者申請は要件ではありません。文化財保護法の目的が「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」にあるのですから、いったんは我が国の国有財産であったこれだけ重要な「実録」を「知らなかった」で済ませるのは、無責任と考えます。

さらに、国益の最大化に努める外交の常識に従えば、二国間の外交に資する形を整えずに、「引き渡し」についてもあいまいな形のまま政府の関与なしに行わせたことは、大きな失態と言わざるを得ません。それどころか、「実録」の由来がわからないとされていたにもかかわらず、当時の朝日新聞が公にされている書籍にその由来が記されているのにおかしいと指摘していることに鑑みれば、当時の自民党政権は面倒な問題に目をつぶり、知っていながら敢えて無視し、国民の目から隠ぺいしたとすら考えられなくもないのです。

今回の「儀軌」の引き渡しが、二国間協定の形で外交的に恩義を売った形を整え、日本語と韓国語で「引き渡し」と明記し、国会での透明性を伴う議論を経て政府が責任を負うこととしたことと、「実録」の時の対応はあまりに違うのではないでしょうか。もちろん、「実録」引き渡しの際に自民党政権が韓国にある我が国の文化財返還を求めなかったことが、今回を含めて未来に亘り我が国が韓国に主張しないことを正当化することにはなりません。1965年の基本条約を踏まえ、韓国と同様、我が国もこれまで行ってこなかった文化財返還の国民の声を「世論」として相手国に伝える必要があると思います。

しかしながら重要なことは、自らの過去の過ちを反省することなく金切り声をあげるようなパフォーマンスではなく、二国間関係を含めた外交上の利益、文化財の保護とその正しい活用等、冷静な議論の中で我が国の国益を最大化する努力ではないでしょうか。