シリア情勢
シリアがきな臭くなり、大衆のデモは大統領退陣要求に変わり、政権は南部国境を閉鎖の上、武力による鎮圧に出ていると報道されている。
「動くものは何でも撃っている」とされる人道的側面や、いったんは終息した「ダマスカスの春」を経て、新たに発生した民主化運動の行方が注目される。
それ以上に注目されるのは、シリアにおける変化が域内外に及ぼす影響である。
シリアは91年の湾岸戦争の際に見せたとおり、アラブ諸国の動向を決定づける「スイング・プロデューサー」的な役割を果たすことができる重要な国である。それは、中東の盟主ともされるエジプトの役割にも比較され得るかもしれない。その一方でエジプトの内政上の変化は確かに中東諸国に影響を与えたが、シリアの変化は、国際情勢により大きな影響を与えそうである。
シリアの地図を見れば一目瞭然であるが、同国は北はクルド人口を共有するトルコ、東はかつてテロリストがシリア経由で入り込んだイラク、南はヨルダンとパレスチナ、そしてイスラエル、さらに西にはシリアが影響力を及ぼすヒズボッラーのいるレバノンと接している。
シリアの不安定化や政治の動きは、常にレバノンに影響を与え続けてきた。また、中東政策には腰が引け気味の米国でありながらも、中東の民主化の動きに合わせて米国が批判を強めているイランにとって、シリアはアラブ諸国への窓口である。ヒズボッラーの動きは、イランとシリアの支援により支えられてきた。
パレスチナでは、ガザを封鎖してきたムバーラク政権の退陣により、ハマースの影響力の拡大とそれが与える影響を注目すべきであろうが、このハマースの指導者、ハーリド・マシュアルはシリアにおり、シリアの影響力は無視できない。また、PAとハマースの和解も伝えられるところ、シリアの立場はイスラエルにとって大いに気になるところであろう。さらに、日本の自衛隊が派遣されているUNDOFの管轄するゴラン高原では、故ハーフェズ・アル=アサド並びに現在のバッシャール・アル=アサド時代を通じ、67年以来シリア側からの直接の軍事的行動はないが、政権交代や情勢の不安定化が及ぼす影響が懸念される。シリアはこれまでも、内政上の危機が起こるたびに、問題を外的要因に転嫁してきたところ、イスラエルにとっては現在のシリア情勢は懸念すべきものであり、それはすなわち、米政権にとってもリビアへの関心と比べ物にならないほどの心配につながろう。
さらに、シリアでは、軍の一部離反や政権中枢にいるアラーウィー派やクリスチャンが暗殺される等、宗派対立の様相も呈してきているところ、多数派のスンニーの動きと合わせ、宗派・民族対立を懸念するトルコ、イラク、あるいはシーア派のイラン等の懸念も強まっていると考えられる。
シリア情勢は様々な問題をはらんでいるが、このように国際的に与える影響について言えば、おそらくこれまでの中東域内の民主化の動きの中でも、最も深刻な事態が進行しており、わが国とも無関係ではない。しばらくは注目すべきであろう。