皆さん、遅くなりましたが、あけましておめでとうございます♪

 

年末年始は、約4カ月ぶりに家族4人一緒に過ごして、朝食を一緒に食べ、一緒に買い物へ行き、外に出ては一緒に昼食を食べ、一緒に映画を観て、一緒に言葉を交わし、心を通い合わせる、そんな当たり前のことが、この上なくしあわせなことであることを噛み締める時間となりました。

 

「おはよう♪」「いただきます♪」「ごちそうさま♪」「おやすみなさい♪」、こんな挨拶も、家族4人一緒にすると、どんな美しい音楽よりも心地良く、とても癒されるハーモニーとなるのです。

 

そのような中、新年を迎えて二日目の朝早くに妻は渡韓しました。私が家に居てこそ、妻は渡韓し、韓国の家族たちのもとに行けるのです。私がいつも家を留守にしている間、妻が独りでしていること、掃除、洗濯、炊事、肢体不自由の息子のトイレやお風呂のサポートなど、私は独りで追体験しながら、何とも言えないありがたい気持ちが込み上げて来ました。

 

私はたかが三日間ですが、妻は当たり前のように毎日、夫の留守を守り、二人の子どもたちと向き合い、母として手抜きなく自分自身を投入し、心身共に子どもたちを満たし、潤わせてくれているのです。何とありがたいことでしょうか、、。

 

独りで暮らしていると自分の事情や立場が大きくふくらんで行くのですが、家族と共に暮らしていると家族の事情や立場が大きくふくらみ、自分の事情や立場は小さくなって、かえって本来の自分を取り戻す自由を与えてくれることを気づかされました。

 

 

家族への愛は、愛の翼を身につけて青空を飛ぶ自由を与えてくれ、愛の花を咲かせる生命の泉を湧き立たせてくれます。自由と幸福を語る基地は間違いなく家庭にあり、神様の愛が家庭の中に着地し、夫婦、親子、兄弟姉妹の関係性を通して顕現させることは、国や世界の平和を語る基礎になると思います。反対にその愛を所有することも、分かち合うこともできない、どこにも居場所のない人は、何と寂しく、孤独でしょうか、、、。

 

神様の愛は、見える神の子神の宮である人間を通して顕現し、愛の巣である家庭を通して余すところなく、完全に顕れるようにするのが、神の子としての特権であり、万物の霊長である人間が人間らしく生活する指標になると思いました。