イス取りゲーム!どちらに座る?
こんにちはもうはや年度末早すぎてびっくりします。先週、実家がある旭川市へ行って来ました。雪の残る田んぼに大勢の白鳥やあぜ道経由で、実家の前を歩く北キツネを発見!ふきのとうと福寿草に春の訪れを感じましたさてタイトルの「イス取りゲーム」子どもの頃やりませんでしたか?こちらは 人の数 > イスの数 でしたね。いつ音楽が止まるのか?ドキドキしながらイスの周りを歩いたものです。本日のお題となるゲームは参加人数とイスの数が決まっています。それは、2人とイス2脚イスにはそれぞれ「加害者」「被害者」のカードが貼り付けてあります。好きな方のイスに座っていいよ!と言われたらどちらに座るでしょうか?私は迷わず被害者のイスに座ってきました。だって加害者なんて嫌だもーんそして、なんと言っても被害者のイスには特典があります。それは...被害者と書かれたカードを高らかに掲げ「私はあなたに酷いことをされた!」と相手を責めることができる。えぇーーー???ちょっと待って!加害者になりたくないから被害者のイスを自ら選んだのよね⁉︎なのに、相手を責めるの?お互いに被害者になったり加害者になったりこれじゃあいつまでも解決しないんじゃない?しかも全く自覚なしに"どうせ私なんて...""何をやってもダメだ..."そんな風に最初に自分にダメ出しをしてから被害者のイスに座ったとも知らずに。先に、自分で自分を責めたから相手から責められたように感じたただそれだけのことなんだけどなそして、残った加害者のイスに座った側は自分の嫌っている自分の姿が被害者に映るからつい強い口調で言いたくなってしまう。相手を責めているようで実は相手に映る自分を責めているとは知らずに。どちらも子どもの頃の "愛されなかった" 体験が「傷」となり、自分の存在を否定して生きてきたから傷が同じだ!と一致した瞬間に加害者と被害者のどちらでもなくなる。どんな傷で引き合い出会ったのかを知るゲームなのかもしれないですね人間関係でいざこざがあると自分がその場から離れるか相手を排除したくなります。排除すれば、排除される。いくら、環境や人間関係を変えてもこの世では自分を知るまで同じことが繰り返されます自分ひとりでは絶対に分からない私が最も嫌ったもう片側の私を「おかえり!」と自分の中に迎えることが出来たら、それこそが究極の自分への愛マイナスの現象の中に私が手に入れたい宝物がきっとあるはず詳細は割愛しますがそんなことを感じた体験がありました。それにしてもマイナスの体験なだけにキツかったー苦しかったー夜、眠れなかったしーヤケ酒のビールもマズかったーへこんだわーそして...泣いたーーー宝物を手にした際は報告いたしますね。では、また