「武上四郎(内野手)の巻」
武上四郎は、1966年に実業団の河合楽器からドラフト8位でサンケイアトムズ(現ヤクルトスワローズ)に入団した。
プロ実働9年間で、3352打数396安打、71本塁打、301打点、通算打率0.266の成績を残している。お世辞にも1流打者とはいえない成績だが、ただ1年目に、打率0.299(6位)、本塁打は3本ながら、セ、リーグ守備率(二塁手部門)が1位という安定感が評価され、江夏豊(阪神)、土井正三(巨人)らを抑えてその年の最優秀新人王に選ばれている。
プロ野球通算の成績は、パッとしないが、彼は持ち前の闘志と気の強さから、現役時代は「ケンカ四郎」の異名を持ち、球団一の人気者だった。
これは武上が小学校6年の時の話である。
「ケンカ四郎」と呼ばれるだけあって、子供の頃から腕っぷしの強いガキ大将として、近所ではかなり有名な存在だった。小学生ながら体も大きく、彼のケンカ相手は中学生や、高校生で、それも負け知らずだったというから恐れ入る。だから、彼の周りには、常に同級生や後輩たちが取り巻いていた。つまり、態のいい用心棒代わりである。因みに、その頃の武上を、同級生や教師たちは「けんか番長」、あるいは「親分」と呼んでいたようだ。
その取り巻きの何人かが、あるときヤクザな大人達から金を巻き上げられたり、時には暴力を振るわれたこともあったらしい。硬派で正義感の強い武上は、彼らのために立ち上がった。しかし、相手は大人で、しかも本物のヤクザ者、今日でいうところの暴力団員達だったのだ。
武上四郎少年は家にあった猟銃を持ち出すと、その男達がいる暴力団の組事務所に単身で乗り込んだそうだ。伝説によれば、そのとき組事務所で何発か発砲したらしいが、残念ながら真相はわからない。
とにかく、小学生に組事務所に殴りこみをかけられ、面目を潰された暴力団員が四郎少年を付け狙っているという噂が町中に流れた。事の重大さに気付いた地元の警察署の計らいで、それから約半年間彼は警察のパトカーで小学校に通ったそうだ。勿論、行き帰りである。
プロ野球には直接関係ない話であるが、とんでもない小学生がいたものである。あまりにも面白いエピソードなので紹介してみた。
現役時代の武上四郎(ヤクルト)
