そもそも
「交流」
という概念で当時は
僕も子どもたちも
Tくんがクラスにいることを
とらえていませんでした。
みんな
Tくんを支援学級から交流できている
感覚は全く持っていなかったと思います。
小さい頃からいつも一緒にいたTくん
高学年になるにつれ
例えば低学年の頃は
生活科を一緒に教室で学んでいたのに
理科や社会になると
支援学級で学ぶようになるなど
少しずつ一緒に学ぶ時間は
少なくなってきていました。
それでも
その時間は
別の教室でがんばっているということが
みんなわかっていました。
体育でソフトボールの時間⚾️
Tくんがバッターボックスに立ちます
同じチームの子がバットを渡すと
俄然張り切り振り回すTくんを
慌てて静止😅
なぜか相手チームのピッチャーが
Tくんにバットを出すよう指示し
そこにボールを投げて
当てる☝️
みんな一斉に
「Tー!走れー!」
訳も分からずTくん、走ったものの
走った方向は三塁でみんなで大笑い😅
Tくん、なぜかすねて怒り出す笑
そんな光景が今でも思い出されます。
ちなみに次に打順がまわってきた時には
Tくんが一塁に走ってセーフになるように
僕が何も言わなくてもしていました🍀
忘れられないエピソードがあります
運動会の6年生のリレーと言えば
たくさんのプログラムの中でも
会場が大いに盛り上がる人気種目。
Tくんのいるチームは
Tくんにバトンがまわるまでに
大きくリードを広げるように
走順を工夫しています。
それでもTくんは
練習で、いつも1位でバトンをもらっても
一周走り切るにはなかなか気持ちが続かず
途中であきらめて
ゆっくりになってしまったり
気分の乗らない時は止まってしまったり…
それでも
Tくんが
最後の運動会で
「一周走り切る」
ということを目標にしているということを
みんなわかっていたので
勝ち負けにももちろんこだわらながら
当日までの練習を頑張ったのです。
そして当日…
今まで見たことのないような
走りを見せたTくん
ものすごい集中力で
バックストレートを1位のリードを守り
走っていきます
しかし、2位以降のチームもどんどん
追い上げてきます。
僕はもうその時点で
本部席で泣いていました
Tー!がんばれ!
その一心でした。
子どもたちも同じです。
大声援の中、
Tくんは懸命に第3コーナーに
必死で駆け込む瞬間…
あ…
後ろから迫ってくるチームは
次々と第3コーナーを走り去り、
Tくんはそこに残されていました。
こけてしまったのです。
一瞬、時間が止まったようでした
その次の瞬間には
Tくんの泣き声が響き渡りました
「終わった…どうしよう…」
そう思うか思わないうちに
瞬時に応援赤のロープを飛び越え駆け寄る
となりのクラスの子どものお父さん
「Tー!何泣いてるんだ‼︎
みんなが待っているだろ!」
そのお父さんは
Tくんを一喝すると同時に
抱き抱えて立たせたのです
膝小僧を擦りむき
運動場の砂ぼこりだらけのTくんは
涙を流しながら
次の走者にバトンを無事つなぎました。
僕は涙が止まりませんでした。
今、こうして文章を打ちながらも
涙が出てきます…
Tくんとは卒業以来出会えていません。
いつか
必ず
出会える日をつくりたい
今、とってもそう思っています…
今日も読んでいただきありがとうございます。