「先生、実力テストがあるんです」
と言ったのは中学3年生のM君。

「で、いつなん?」
「来週の火曜日です。」
「で、何勉強するん?」
「数学です」
「数学でっか?
 一言で『数学』言うても
 広うござんすよ。」
「一次関数です。」
「そうでっか・・・」

そこでガツンと一言。

「来週の火曜日やなんて、
 そんな数日前に慌てたところで
 意味ないで。
 そんな勉強の仕方やったら、
 やめとき。」

思いっきり突き放してやりました。
めっちゃショックを受けた模様です。

相手が男の子やからね。
それに、
行きたい高校を決めてるので。

そこで、
もっと本音に近いことを言いました。

「ボクね、塾生だけを見てへんねん。
 懇談に来られたお母さんとか
 お父さんの言動を観るねん。」

どういうことか・・・

ご夫婦で来てくださるパターンが
増えてきた昨今です。

お子さんとご両親の3人を前に
お子さんを主軸にお話をします。

そのとき、お母さんとお父さんとが、
こちらのことを、どれだけ
信用してくださっているか、
あるいは、おっしゃっていることと
本音とが一致しているかなど、
特に口元をよく観ていると
分かることがあります。

勿論科学的分析による
データなんてありません。
経験値のみ。

嘘をつく口元があるのです。
独特の形。

 

嘘と言っても、
社会的な損失を相手に与えるような
そんなタチの悪いことではなくて、

例えば、
「国語って大事ですよね」と
おっしゃりながら
本音では「数学と英語やろ」と
思っている場合。

 

こういう質の嘘です。

口から発せられる言葉と、
それと同時進行するように
脳裏を横切っている言葉との
乖離があると、
口は独特の形を示します。

もしこれを私が見破った場合、
その子には可愛そうなんですが、
渾身での応援はしません。

そういうことをM君に
静かにかつ冷ややかに伝えました。

こういうのを
「密やかに見放す」というのです。

生徒だけでなくて
親御さんの一挙手一投足を
全部観ています。

もちろんこちらも観られている。

だから本音で話します。
こちらに嘘があったら、

こんなエラソーなことを

書けませんからね。

少なくとも教育という現場では
子どもさんの将来に
関わっているのですから、
本音で勝負をしたい。

そういう想いを
ご両親にぶつけているつもりです。

その自分を前にして
口から発せられる言葉と
脳裏の想いとが乖離しているのを
平気でいるなんて、
言語道断の行為と見なします。

塾舎の出口で
お母さんが
「よろしくお願いします」と
深々と頭を下げられます。

もちろん私も
「こちらこそ、
 よろしくお願いします」と
同じように頭を下げます。

あたりまえです。

ところが、
あるケースの場合でしたが

お父様はというと
そそくさと
帰路につかれていました。

私のプライドなんかどうでも良い。

受験生である子どもさんが
かわいそうやな・・・。

このお父さんにとっては
子どもさんの勉強に対する
認識レベルが
所詮はこのレベルだということを

私に見せてしまったし、

そういうような判断を

私にさせてしまったのですから。

もちろん、この瞬間に
私のこの子に対する関わり方が
決定されたわけです。

こういうことは
塾屋稼業30年の間に
結構な回数で起こります。

声紋診断で出て来た結果と
このあたりは一致しています。

もう少し相手の感情に
感覚的に分かってあげないと
(寄り添って差し上げないと)
いけないのではと言われたのです。

つまり理屈では
相手の気持ちを理解しているけれど、
肌で同調していない。

言い換えれば、冷徹なのです。

・・・ということを、
M君に伝えているということは、
M君を見放してはいません。

それに、一次関数の学習の進め方も
きっちりと詳しく伝えたでしょ?

「M君、安心してね」と言うと
胸をなで下ろしていました。

むしろ、ここまで話さなくなったら、
つまり、あなたが発信したことに
私が口数少なく
しれっと答えるようになっていたら
用心してね。

こんなことを書いている間は
ホンマは、
まだ大丈夫なんですけどね・・・

 

 

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