今日は音楽ネタを絡めて・・・

 

「指導」とはなんぞや?
「教える」と「指導」の違いとは?

 

最近よく考えます。

 

そしてようやく見えかけていることは
これですね。

 

「教える」は手取り足取りしてでも
その子の身につけさせること。

 

「指導」とは、進みべき道を
指さして示してあげて、
ブレないような方法を示唆すること。

 

う~ん、
難しいな~・・・

 

上手く表現できません。

 

ということは、
ホンマに分かってないんやろな・・・


ワタシ、音楽畑出身
で、学習塾をしている変わり種。

 

私には大師匠が2人います。

そのおひとりに
いつも言われていたことがあります。

それは、このようなことです。

 

あなたは本当に不器用だね。


あまり言われるものですから、
ある日、
たまらなくなって尋ねたのです。

「先生、私のような不器用なやつは、
 やはり不利ですよね? 
 なかなか出来ないし、
 その分無駄な時間が
 かかってしまって・・・」。


すると、

「そうかな? 
 本当に不利なのかな?」

という意外な答えが
返されてきました。

 

「だって無駄が多すぎますもの。
 器用な人は
 どんどんボクを
 追い越してゆきますから。」

 

すると、こんな質問を
投げかけて来られました。

 

「あなたはそのように
 生まれ育ったことに対して、
 親を恨んでいますか?」

その言葉にちょっと驚きながらも
「それはありません。」

「それならよろしい。
 むしろ不器用に
 育てていただいたことに
 感謝しなさい。」


「感謝ですか?」

 

ナンか哲学的になってきたな・・・

そのように思いながら
戸惑っていると・・・

 

「そうですね。不器用な人は
 失敗をよくします。
 でも、そんなの
 気にしなくていいでしょ?
 そういうときは、
 こう思えばいい。
 神様がまたひとつ
 知恵をくださったんだなと。」

 

大師匠は続けられました。

 

普段は寡黙な師匠が
これだけ長く話されたのは
初めてのことでしたから、
余程のことだったのでしょう。

 

大師匠はさらに続けられました。

 

「不器用な人の中にも
 大きく分けると2通りがあってね、
 失敗を自分の糧に出来る人と
 そうでない人だね。
 いわゆる、自分の失敗を
 素直に認めて受け入れられる人か、
 それを他人のせいにする人か、
 その違いが人としての
 粘りの差になることが
 多いですね。」

 

お話は確信へと向かう気配・・・

 

「成功者がどちらなのかは
 言うまでもありませんね。
 ですから、不器用か器用かなんて
 大した差ではありません。
 むしろ粘り勝ちをするだけの
 魂があるかどうか、
 つまり人間力の差なんですよ。」

 

今なら分かるのですが、
当時は二十歳代。

「人間力ってナンやろ???」

そう思いながら、大師匠のお話を
聞き続けました。

 

「あなたは仮にも音楽を
 専門に進んできた人です。
 さまざまな困難を乗り越えて
 今のあなたの
 演奏スタイルがあるわけだから、
 少なくとも自分の失敗を
 他人のせいにしなかった結果です。
 だから、
 事あるごとにあなたを
 不器用な人だと私が言うのは、
 もっと大切なことに
 気づいて欲しいからです。」

 

そして、次のところが
当時自分には

どうしても
分からなかったのです。

 

その理由は、
ここまでの精神レベルに
達していなかったから。

 

こういうところが
不器用で勘が鈍い・・・

 

「それはね、努力が足りないことです。
 それも、もっと泥だらけの、
 それこそ血みどろになる
 レベルの努力です。
 あなたはその踏み込み方が少ない。
 泥が自分につくのを嫌がっている。
 それでは優れた演奏なんて
 出来っこありません。
 あなたはそこに気づいていない。
 演奏の世界だけではなくて、
 世の中みんなそうだと思うよ。」

 

音楽だけでなくて
勉強にも仕事にも
全部に通じる話だというのは
この年齢になって
やっと気づけました。

 

「器用な人が別に悪いわけでは
 ないのだけれど、
 大抵の場合は小手先のその場限りの
 演奏が多くて、
 例えば、コンクールに通るために、
 有名演奏家のコピーのような
 演奏をすれば入賞できて当然です。
 でも、その人がプロの演奏家として
 聴衆に愛され続けられるかどうかは
 別の話ですね。
 むしろそういう考えの人は
 すぐにばれてしまいます。
 愛される演奏家になるためには、
 華やかな舞台の陰で
 のたうち回らなければ、
 すぐに愛想を尽かされて
 しまうものです。
 もっとのたうち回って
 練習してきなさい。
 今日のレッスンは
 ここまでです。
 心に刻みつけて
 練習してくださいね。」

 

教育というのは
その場で分からせることではない。

 

何年先であろうが、
何十年先であろうが
芽を吹かせ花を咲かせるために、
そっと種を植えつけてあげること。

 

そのスタンスが本来の教育です。

 

芽を吹かせるには水がいります。
その水は自らの努力の汗。

 

花を咲かせるためには
肥やしがいります。

 

それが苦労苦心という名の経験値。

 

経験値は苦労苦心だけでは
決してありません。
喜びもまた大きな経験値。

 

このことを私は
音楽を通して学んでいたのですね。

 

そういう師匠に巡り会えた。
自分はホンマに幸運のかたまり。

 

私がまだは二十歳代の小童のときに、
師匠が植えて下さった種は
やっと花が咲く手前まで
来ているようですが、
まだ咲きそうにありません。

 

指さして、まだ先の見えぬ私に、
進むべき方向を指し示して下さった
大師匠は、決して

手取り足取りと

教えては下さらなかったけれど、
道の歩み方は
教えて下さったのですね。

 

あとは、あなた次第です。

こういうスタンスが
「指導」なんかな・・・

 

う~ん、話がまとまらない・・・
まだまだ修行ですわ・・・

 

 

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