9月26日。2年前の今日、妻が亡くなった

買い物をしていたら、病院から緊急の電話が入った。
娘とふたりで妻の病室に駆け込んだら、心拍ゼロのモニター表示が目に飛び込んだ。

何なんだ、ゼロじゃないか!という意味の事を叫んだと思うが、どんな言葉だったか覚えていない。
娘は「ママが死んじゃった!」と叫んで泣いた。

あれから2年経った今日は、コロナの自宅待機最後の日になった。娘にとって発病翌日からちょうど7日目に当たる。
濃厚接触者の僕は、既に一昨日で待機期間を終えてていたが、娘に付き添うために、今日まで在宅勤務にさせてもらった。

娘は今日初めて、オンライン授業に参加した。どうもクラスで何人かの欠席者がいるらしく、にわかにオンライン授業を始めたのだそうだ。パソコンを通して発言したりし、娘は楽しそうにはしゃいだ。

昼過ぎ、20年ほどの付き合いになる友人からLINEが入った。ガンの病状が思わしくないとの内容だった。

関東在住で遠隔のため、メールやLINEを主にした付き合いだが、大変マメにメッセージをくださり、気の利いた贈り物を折につけ送って下さったりしていた。

その友人、Bさんと親しくなったのは、妻と知り合う2年ほど前だったと思う。00年代初めころ、僕は、数年間、鬱で沈み込んでおり、Bさんにどれだけ救ってもらったか知れない。

Bさんに支えてもらい、その後妻と知り合って鬱を回復していった。僕にとっては恩人だ。

妻が亡くなり、Bさんも…。縁起でもないがそんなことを思った。

もし自分がコロナに感染したら、もし重症化したら、その時娘はと、この一週間何度も考えた。

幸いコロナの待機期間は乗り切れたのだが、本当に乗り切らねばならないのは、この先娘が自立出来るまでの育児の方だ。

そういった話を三回忌明けに、このブログに書いたばかりの気がするが。

Bさんどうか、お大事に。
りこ、娘を見守ってください。