1月3日、人生で5本の指に入るくらいの怪我をした。

娘と二人で実家に何泊かし、さて帰ろうと思った矢先のこと。車のトランクに荷物を載せてドアを閉めようとした。

わが家の車はミニバンで、バックドアを上から下に締め下ろす形になっている。開放し、身長ほどの高さで水平になっているドアを、右手で勢いよく下に降ろした。その時、閉まるドアの端が、右側のこめかみに当たってしまった。

あ、と思い、こめかみを触った。最初の感覚は「凹んでいる」だった。打撃のショックで当たった箇所が一時的に凹んだのか、今となっては良くわからない。

凹みを確認した指を顔の前に戻して見てみると、人差し指から小指まで、四本とも、見たことがないほど血に濡れていた。

傷口に一瞬触れただけなのに、なんでこんなに血が付くんだよと妙なツッコミを心の中で入れるか入れないかのうちに、今度は、頬が生ぬるい。

まさかと思って汚れていない左手で触れてみると、やはり血だ。

うわ、どうすると考えている間に、血しずくが垂れてセーターとズボンを汚し、地面にも落ちた。

車を停めていた駐車場は、実家から15mほど離れていた。荷物が多いので、出発前に大きめの物だけ積み込んでおこうと、僕一人で車に来ていた。だから、娘や実家の母は、僕が怪我をしたことをまだ知らない。どうあれ、一度実家に戻ろう。

そうだハンカチと思い、ポケットからタオルハンカチを出して傷に当てた。しかし数メートル歩く間にハンカチは血で飽和した。

実家の洗面所に湯を張って、顔に付いた血や傷口を洗うと、張った水が、スイカの果汁より濃い赤になった。何度水を変えてもすぐに同じ色になった。

それでも、付いた血を洗い流せるのは気持ちが良い。しばらく洗い続け、傷口にパウダースプレーの「キズド○イ」を吹きかけると、出血がやや落ち着いた。

ガーゼを当ててしばらく押さえていると、何とか血が止まった。その後も何度か出血があったが、1時間ほど様子を見て、どうにか落ち着いたように見えたので、予定どおり娘を連れて自宅に帰ることにした。

幸い渋滞もなく、運転中の再出血も特にないまま、1時間後には自宅に着いた。

娘は最初「トランクがトラウマになりそう」と怯えていたが、僕の様子が普段と変わらないので次第に慣れた様子だった。

離れて過ごしていた彼女に、傷口の写真を送ると、驚いた様子で返信が返って来て「これ縫う感じじゃないの?」と言われた。

縫う?そこまでひどいのかな?と思った。幸い血は止まったし、不思議に痛みは全くと言っていいほどない。大丈夫じゃなかろうか。正月で病院は開いていないし、何より面倒くさい。B型で楽観的な僕は、そのまま放置した。

翌日、仕事始めで出勤した。目立つ絆創膏のせいで皆に話し掛けられ、武勇伝のように説明していたまでは良かったが、昼頃になると絆創膏に血が滲んできた。

家で安静にしているのと違い、歩き回ると良くないのだろう。このままではマズそうだ。思い直して時間休暇を取り、病院に行った。

結果、彼女の言ったとおりで、4針縫うことになってしまった。丸24時間放置していたのが恥ずかしい。

さて、タイトルの「圧迫止血で止まります。」の意味だが、実は病院で処置中に出血が止まらなくなって困ったという話しで、本論はここからである。

病院での処置には1時間半程かかったが、そのうちほぼ1時間は、止血に要した時間だった。

処置のためにベッドに寝かされ、傷口に固まった血を取り去り、局部麻酔の注射を何箇所か打ったところで、再出血が始まってしまった。

「麻酔の針穴からの出血ではなさそうですね。」

看護師さんが代わる代わる止血してもとまらない様子を見て、先生が言った。

「私が圧迫します。」

若い男性である先生が自ら圧迫してくださった。力がみなぎっており、ギュウと押さえ付けられると、ハッキリ言って痛い。

ところがそれでも血は止まらない。
何度やっても止まらなかった。

時間だけが過ぎ、看護師さんが、

「先生、〇〇の患者さんが…」

と声を掛けた。別の患者さんへの処置があるらしく、先生は中座した。

「その間、圧迫止血を頼む。」

再び看護師さんが圧迫を始めた。10分ほど経って、先生が戻って来たが、まだ血が止まらない。

「15分圧迫止血する。」

先生は毅然として言い放った。

医学の素人である僕にも、なんとなく分かる。数分押さえては、様子を見ると言ったやり方ではダメなのだ。中断すると出血してしまう。休まず15分間圧迫し続けるという意味だろう。15分はすごい。

先生自らがギュウと押すと、こめかみが真面目に痛い。念の為に言っておくが、傷の痛みでなく圧迫の痛みである。これ程長く強く、身体を圧迫された経験はない。

この全力の圧迫が、つるりと滑ったらどうなるのだろう。もしそんな事があったら傷口は。想像するだけで恐ろしい。

僕の頭の中は、圧迫が早く終わることと、滑らないのを祈ることで一杯になった。雑念ゼロの、圧迫されるだけの存在になったと言える。

15分の長い間に先生は色々な話をしてくださった。

「この病院は、総合病院で外科もやってますが、今日は外科専門医がいないんですよ。内科医などが輪番で受け持ってますが、大丈夫です!レーザーメスで止血するような場合ですと、外科医でなければ出来ませんが、今回は大丈夫です。圧迫止血で止まります!」

まじか。医師が、専門以外の科の診療も行えるというのは聞いたことがある。がしかし、いままさに処置している先生から直々に「私は専門外」とカミングアウトされるとは思わなかった。

「圧迫止血で止まります」という言葉は、止血開始以来、10回くらい聞かされていた。止まらないとは思っていないが、これほど繰り返されると若干の不安が湧く。

「大丈夫です、最初ほどの出血の勢いはなくなってますからね!」

これも10回程聞いた。

「ところで、怪我の直後、どうやって止血されたんですか?」

先生は僕に聞かれた。僕は、「キズド○イをスプレーして、ガーゼで圧迫したら、まずまず止まりましたよ」と答えた。

先生は、少し感心したように

「ほー……」

と言われ、

「大丈夫です、こちらも止血剤を付けてますからね。圧迫止血で止まります。」

と続けられた。
さらに、

「やはりですね、こうしていると顔の周りには血管が集中していることが分かりますよね。」

と言われた。

圧迫されるだけの存在になっている僕には、新しい知識を吸収する余力はなく、分かりますよねと言われても分からない。先生はもともと分かってみえたのだろうが、同意を求められても困る。

「なるほど確かにそうですね。」

十八番の社交辞令で返答した。

15分の圧迫止血が終わり、何とか出血が治まったので、いよいよ傷口を縫うことになった。しかし、当然だが麻酔は切れていた。針を刺され、一針縫うと、普通に痛い。

「痛いですか」
「痛いです」
「あ、また出血しちゃいました。大丈夫、圧迫止血で止まります。」

また、圧迫止血になった。終わるのだろうか。

「麻酔追加しますけど、注射打つのも針で縫うのも同じくらい痛いんですよね。このまま縫っちゃった方が早いかな。」

物騒過ぎる。早いだろうけど、痛いだろう。
その後、なんやかやとあったが、麻酔の追加後にもう3針、計4針が無事に縫われた。

処置が終わったあと、まだジワジワと出血しているのを見て、先生は思い付いたように、

「身体を起こしてみてもらえますか?」

と言われた。寝ていると血流が良くなるので、身体を起こした方が良いだろうということだった。

「あ、やっぱり起きてる方が止まりますね。」

ここは笑うところだろうか。僕には出血の様子は見えていないが、十八番の社交辞令で返答した。

「なるほど確かにそうですね。」

治療が終わり、病院を出たとき、文字通り押さえ付けられていたものから解放された爽快感があった。年初からの怪我でどうなることかと思ったが、処置中なかなか面白かった。あれこれ書いたが批判的なつもりでなく、先生はとても熱心で親切だったし、僕としても得難い体験が出来たと思う。やはり、病院で処置してもらうのは、安心に繋がる。良かった。

最後に怪我のあと間もない時の傷口の写真を載せようと思うが、見たくない方はスルーしていただくように。

年末に見に行った鎌倉の大仏様の写真2枚の下に、傷の写真があります。






(スマホの自撮りのため、左右反転して左側に見えます。)