昨日の午後、入院から一晩明けた様子を見てきた。
妻を苦しめているのは、誤嚥性肺炎よりも、CO2ナルコーシスよりも、痰のようだった。

一晩中、世話をして下さった看護師さんに聞いたところ、気管の奥に痰が溜まった状態がずっと続いているそうだ。


モニターの「47」という数字は、いわゆるサチュレーション、酸素飽和度で、正常なら97〜98%くらいあるべきところ、このくらいに落ち込んでいたりする。写真に残してはいないが、30%台の数値もあった。


回復してくると、80%台になったりするが、なかなか90%台には戻らない。脈拍も常に速いが、ときには落ち込んだりもし、不安定な状態が続いている。

高濃度の酸素を投与すれば、酸素飽和度を高めることはできる。しかし酸素飽和度が高まると今度は呼吸が抑制されてCO2ナルコーシスが起こる。そのため、無闇に酸素を投与することはできない。

痰をしっかり除去できれば、状態が良くなるが、気管の中に絡んだ痰は、なかなか吸引できない。

気管と食道の交差する箇所には弁のようなものがあって、普段、食べ物が流れ込まないように気管側に蓋をしている。吸引器のカテーテルを差し込んでも、この蓋に阻まれて気管に届かず、食道側に流れてしまう。

しかし咳をするとき、その蓋が開く。カテーテルを適当な位置まで差し込んでしばらく待ち、ゴホッゴホッと咳をした瞬間に、グッと差し込むと気管に入り、溜まっている痰を取ることができる。

ところが、一昨日の朝方、ゼロゼロと痰が絡む音がするのに、一向に咳が出ない状態が続いた。咳が出ないのでカテーテルを気管に差し込むこともできない。僕ももちろん苦労したが、呼び出して来てもらった訪問看護師さんも苦労されていた。

救急搬送し、入院になった一昨日の午後には、少し状態が安定したように見え、持ち込んだアニメのDVDを眺めたりしていたのだが、その後もやはり、厳しい状態が続いたらしい。

看護師さんによると、入院初日の夜、妻はほぼ一睡もせず、酸素飽和度が落ちては痰を吸引する、というループをひたすら繰り返していたそうだ。咳が出ず、気管の吸引ができない状態が続いているらしい。筋力が弱まって、いよいよ咳も出ない状態になったんでしょうか?と、看護師さんと話し合った。

少なくともショートステイに入れる前はそんなことはなかったし、自宅に帰ってきた日も、普通にアニメを観て過ごしていたので、急変ぶりに気持ちが付いていかない。

昨日の様子を見ると、とてもこのまま自宅に連れ帰るのは無理と思えた。24時間、痰吸引を続け、呼吸が落ちないように見守り続けなければならない。主治医の話でも、状態を安定させられるか、どのくらいかかるかも、全く分からないということだった。

長期間になっても病院で診てもらえるのでしょうかと訪ねたところ先生は、大体次のように答えて下さった。

・この病院は、急性期の患者を受け持つ役割である。状態が安定すれば、慢性期の患者を受け持つ病院に移すことになるが、そもそも状態が安定するか分からない。現在のように容態が安定しない状態は、急性期に当たるので、安定するまでの間は、この病院で診ていく。一律に何日までしか診られないと決まっているわけではない。

こう聞くと、このまま病院にお願いするしかなさそうだ。

妻も僕も、人工呼吸器を装着しない選択としている。しかし方法としては、気管切開だけを行い、人工呼吸器を装着しない選択肢もある。

つまり、喉に穴だけ明けて、呼吸器は繋がないということだ。喉に穴があれば、そこから痰を吸引することができ、今よりも状態を良くできる期待が持てる。

人工呼吸器は、一旦繋げば、生命維持のために取り外すことができなくなり、これを外した家族が殺人罪に問われた例もある。しかし気管切開だけを行うのなら、良いのではないか。

そう思えないでもないが、やはり迷いがある。身体の状態がこのまま保たれて、痰吸引の便利がよくなるだけなら即選択するところだが、この病気、短期間で全身に病状が進んでいくのだ。

今はまだ良いが、筋肉の衰えが更に進むと、ベッドに横たわっているだけで骨が当たって身体が痛むこともある。看護師さんにも言われていたが、入院して、こうして寝たきりになっていると短期間で筋力が低下するので、退院したときには、以前のように支えて歩くこともおそらく出来なくなっている。

何より自発呼吸する力が衰えて、遠からず人工呼吸器を装着するか否かで悩むことになる。切開が済んでいて、接続するだけなのに、それをしない選択ができるのか。

この病気、進行によって次にどんな苦しみが襲うか分からない。現状だけで判断すると、新たな苦しみが襲ってきたとき、悔やむことになりかねない。そのため、気管切開のみ行うことに関しても、簡単に良しとは言えないでいる。

呼吸苦緩和のためのモルヒネ投与はどうかと先生に訪ねてみたが、疼痛緩和の反面、呼吸抑制をするので、命を縮める可能性があるからと、この先生は投与否定派のようだった。(ALSによる呼吸苦へのモルヒネ投与は、肯定、否定の両意見があると聞く。)モルヒネだけでなく、睡眠薬の類も呼吸抑制を避けるために一切投与しておらず、妻が眠れていない理由はそこにもある。

肺に炎症があるのなら、抗生剤投与で痰が減るなどの効果を見込めないか尋ねてみたが、これも炎症の状態を診て今後判断していくとのことだった。

いずれにしても先生に任せて行くしかない。

しかし、人間というのは何故一心同体でないのだろう?
妻の様子が、今自分に分からないことが少し不思議に思える。数キロ離れた病院で、今この瞬間、痰吸引の苦痛に耐えているかも知れないのに、こうして僕は普通にスマホを触っている。何故、妻と同じように苦しさを体感せず、呑気にしていられるのか。許されるのか。テレパシーは何故ないのか。

今日も仕事に出なければならないが、何とか病院にも行きたい。コロナで面会が3時から6時に限られており、面倒だ。

〈蛇足〉
この4月から、鬱で休職していた職場の同僚が、9月から「お試し出勤」している。先週までは、「メールを開いてみる」というお試しをしており、今週からは、「電話を受けてみる」を始めた。彼の仕事は、4月以降、僕が受け持っている。
鬱になった直接の理由は「4月の人事異動で希望が叶わなかったから」。僕より年上で、僕より下の席に就けられたのでってこともあるようだ。何だかなぁ。