下の記事は、今年の4月29日にアメンバー限定記事として掲載したものです(少しだけ字句を直しました。)。限定にする意味もあまりなくなってきたので公開します。


ALS患者の何割かは、前頭側頭型認知症を併発するそうです。

ALSの診断が下ったのが2018年10月。

その後、2019年はじめ頃の検査で、前頭葉の血流低下が認められると言われました。

まさかそんなと思いましたが、次第に次第に、ちょっとどうかなと思うことが増えてきました。他人の感情を気にしないところ、同じことを繰り返すところ、無気力なところなどです。

診断後、半年は以前通りの妻でした。
診断後、1年は以前の妻のようなリアクションを返してくれました。
診断後、1年半経った今、妻は考えていることをほとんど発信しなくなりました。

話せない、筋力低下で書字もできなくなった、スマホも打てなくなった、というより打つほどの気力を示さなくなってしまった。

結果、妻の中でどんな感情が動いているのか、分かりません。
ただ、僕が好きだった本来の妻は、半分くらいに減ってしまったような感じを受けます。

先日の主治医の診察に、僕一人で出向いたため、初めて認知症のことを少し詳しく話しました。これまで当人が横にいて話せなかったことです。

診断基準に該当しそうですねとのこと。
それと主治医が続けて言ったのが、

「診察の度に感じていましたが、症状の進行の割に、悲嘆にくれる様子がない。認知症のせいで、感情が抑えられてるのかも知れませんね、結果的に良かったというか、そういう印象を受けます。」

薄々、僕もそう思っていましたが、違う、心の底に以前通りの妻がいて悲しんでいるんだ、それを表せないだけなんだと信じたいと思いました。だから、主治医にこともなげにそう言われて、かなりショックでした。

良かったとか言うな!
分かんないだろ心の中は!
悲しまなければいいのか!

デカルトの動物機械論てのがありますね。犬や猫が悲しそうな反応をするのは単に機械的な自動反応で、人間以外には感情はないんだという。西欧でかなり長く信じられていたそうですが、ふとそれを思い出しました。

認知が鈍ってきたときの気持ちってどうなのでしょう。自覚がないんでしょうか?自覚がなければ苦痛もないんでしょうか?僕には、妻の心の中でどんな感情が動いているのか全く分かりません。

一昨日、「病気辛いね、一人で泣いたりしてるの?」と聞いてみました。

すると、コクリとうなずき、やはりそうかと思ったら、直後に首を横に振りました。

「泣いてないの?」と重ねて聞いたら、コクリとうなずきました。

どちらか分かりません。ただ、様子をみている限りでは泣いているようには見えません。

もともと、漫画、アニメ、小説などが好きで、二人とも漫画同人誌を作ってコミケで売っていたような夫婦です。

妻は今、朝起きてから夜寝る直前まで、アニメをずっと観ています。夏目友人帳、おそ松さん、僕のヒーローアカデミア、斉木楠雄のψ難、七つの大罪、炎炎の消防隊、黒子のバスケなどなど。
Animaxで放送してるものと、録画を繰り返し、1日の間に同じ番組の同じ回を何回も何回も観ています。

認知症との関係は分かりませんが、トイレの回数がすごく多くて、その度の介助で音をあげそうです。

昨日、在宅勤務だったのですが、カップラーメンに湯を注いでから出来上がるまでに2回、マンションエレベーターを降りて郵便を取りに行くのに、行く前に1回、帰ってきてもう1回、くらいのペースです。

1日30回くらいにはなると思い、今日こそはとスマホアプリのカウンターで数えることにしました。

今、朝から12回目です。

妻もアメブロをしているから書かなかったこと、気が向いたらこれから少しずつ書いていくかもしれません。

妻に説明できないから、アメーバ限定記事は書かないと決めていましたが、その妻がほとんどアメブロをチェックしなくなってしまいました。それなら、書いてみようかと少し前から考えていました。

もしかしたらチェックしてるかもしれないし、僕自身、気分が変わって書くのをやめるかも知れません。先は分かりませんがそんな感じです。

アメンバー申請して下さり、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


これらのことを伏せてブログを書くことがかなり難しくなってきました。それから、コメントをいただいたときに、認知症だから無理ですと書くのを避けて、都度ボヤかすのもなかなか難しいです。

この記事を不快に思われる方がおられたら、申し訳ありません。