昨晩妻は、ベッドに入ってから何度となくチャイムを鳴らして僕を呼んだ。チャイムが鳴り止んだのは、午前3時頃だった。

妻は言葉を話せないので、呼ばれてもなかなか用件を聞き出せずに困ることが多いが、昨夜は特別それがひどかった。

右手が動くので、普段は、指差したりして意思表示してくれるのだが、夕べは何度尋ねても、それすらしてくれず、本当に何をして欲しいのか分からなかった。

とりあえずトイレに連れて行き、痰吸引をして、これで寝てもいい?と聞くと、首を振ってダメと合図される。

じゃああとは何して欲しいの?と尋ねても反応がなく、用事がないなら寝てもいい?と聞くと、そのときだけは首を振る。

何とか寝かしつけてもまた10分から20分すると呼び出され、いつまでも終らず、ほとほと参った。文句も言ったし、嫌味も言った。

妻、娘、自分の朝の支度のために、遅くとも5時に起きなければ間に合わない。用事がないのなら寝かせて欲しかった。結局、まともに眠ったのは2時間弱になってしまった。

朝、妻が起きてからあらためて尋ねてみた。夜の間は、睡眠薬のせいで朦朧として受け答えが鈍っていたのかもしれない。

「特に用事もなく呼んだの?」
コクリ。
「寂しかったの?」
コクリ。
「夜が怖かったの?」
コクリ。

なんとまぁ。
もうすぐ50歳になる妻が、いやはやとあきれ、僕も仕事があるんだから、頼むよと念押しした。

しかし夜が怖いとはどういうことだろう。今日の日中、つらつらと考えていた。

もしかすると、寝入る瞬間が怖いのではないだろうか。
妻が10分、20分置きにチャイムを鳴らしていたのを思い出して、そんな風に思えた。

意識がある状態で、眠りに落ちる瞬間、反射的にビクッとして目を覚ましてしまうことがある。

全く根拠のない妄想だが、今の妻は、僕などよりずっと切迫して死への恐怖があるように思う。サチュレーションが落ちて顔が真っ白になったときなど、いつも恐怖を覚えているだろう。

眠りに落ちそうになったとき、落ちる先が眠りか、それとも死か、区別がつかないのかもしれない。このまま落ちたら死が待っているといった感覚が襲えば、それは大変な恐怖だろう。

夜が怖い、という意味が分からず、笑い飛ばしそうになったが、そんなことを思っていたら、案外切実なのかもなと思えてきた。

妻にはまだ聞きそびれており、僕の勝手な想像なのだが。