妻の容態が日々深刻になってきているわが家。

少し前までは、1〜2時間程度なら、妻を一人にしてもさして心配なかったが、最近はとても目が離せなくなった。

現在は、僕か義母の極力どちらかが常に妻に付き添うようにしている。平日、僕が仕事に出ている間は義母が付き添い、夜は僕が付き添う形だ。

義母は、徒歩数分の距離に住んでおり、平日毎日来てくださるが、土日や祝日は、僕が家にいるため、基本的に手伝いに来ない。様子をのぞきに来ることはあっても短時間で帰ってしまう。

結果、土日や祝日は、昼夜連続で僕一人でみることになる。

また、一昨日などは、僕は、平日に仕事を休んだ。補高便座の取り付けをお願いし、作業の立ち会いと代金の支払いがあったからだ。


僕が仕事を休んだ場合も、義母は手伝いに来なくなる。

つまり僕の休日は、義母を介護から開放し、休ませてあげるためのものになっているわけで、どちらかというと「僕の休日」でなく「義母の休日」なのである。

いやいや、お義母さんには普段から本当にお世話になっているし、妻の実母とはいえ、別居の親族なわけで、やはり介護は僕が主役なのだから、そこまで当てにしてはいけないと思い直すのだが、若干モヤモヤするものがあり、我ながらこういう気持ちでは良くないなぁと思っている。

一昨日、補高便座を見に来た義母に、僕が、

「家で介護してるより、仕事に行ってた方が楽ですね」

と言ったところ、

「そりゃそうだよ、当たり前だよ」

と普通に返され、自分で言っておきながらちょっとショックだった。4月から、うつで休んでる人の仕事も背負わされてるし、そもそも世の中に楽な仕事などないと思う。当たり前と言われるほど楽な仕事でもないのだが。

さらに義母が、

「介護で忙しくてなかなか行けないから、月謝ももったいないし、健康体操をやめようと思ったんだけど」

と言い、

「でも今日みたいに、○○さん(僕)が時々休んでくれるから、やっぱりやめないことにしたから」

と続けたのが更にショックだった。

僕が仕事を休む日は、イコールお義母さんが趣味の健康体操に行ける日になっているらしい。ちなみにこの発言は、健康体操から帰って来たあとのものだ。やはり「義母の休日」なのである。

よく「主婦には休日がない」と言われるように、介護にも休日は、本来ないのかもしれない。患者こそ、全く休日がないのだから、そうあるべきとも思える。

思えるのだが、なんだろうこのモヤモヤは。
今日は、昼夜連続での介護を一人でこなすのが、なかなか辛い1日だった。

ちなみに補高便座、立ち上がりを補助するとき、少し楽になって良かったが、高さ5cmは思ったより高く、3cmでも良かったかもと少し後悔している。