トイレ介助で、ズボンを「上げる」のと「下ろす」のは少々違うという話を書こうと思う。

1ヶ月程前の記事に、妻はズボンを下ろすことはできるが上げるのが難しいと書いた。手の力が弱まると、まず上げるのが厳しくなるようだ。

ところが、ここ1〜2週間で、下ろすのも少々難しくなってしまった。

こうなってみて分かったが、「上げる」のに比べ「下ろす」方が介護が一段、難しいように思う。何のことか分からないと思うので順に書いていく。

妻は、球麻痺で言葉を話せないが、弱々しいながら歩くことができる。また、左手はほとんど使えないが、右手はやや力が出る。

そういう状態の妻は、一人でトホトホと歩いてトイレに入っていき、扉を締めることができる。

ある日妻は、一人で入ったトイレから、ズボンを上げきらずに悲しそうな顔で出てきた。

あ、力が足りずにズボンを上げられなかったのだな、とすぐに分かった。

それ以来、トイレの終わりを待って、ズボンを上げるのを手伝うようにし、朝夕の着替えも手伝うことにした。

ところが、ごく最近のある日、トイレに入っていた妻が、しばらくしてズボンをしっかり上げた状態で出てきた。

最初僕は、意味が分からなかった。

用を足したあと、頑張って自分でズボンを上げたのかと思ったが、妻は困った様子で、うーんうーんと唸り声を上げた。

そうか、と思った。

トイレに入ったものの、ズボンを下ろせず、しばらく頑張ったがあきらめて、そのまま出て来たのだ。

そういうこと?と確認してみると、コクリとうなずいたので、急いでズボンを下ろすのを手伝った。

それ以来、ズボンを下ろすのを手伝うようになった、と書きたいところだが、実はそうでもないのが難しいところだ。

例えば僕が家事をしたり、娘の相手をしたりしているとする。

そんな時に、妻が一人立ち上がって、トホトホと歩いてリビングを出て行くことがある。

話ができないので、なんの用事か言うことはできない。目を離している間に出て行ってしまうこともあり、しばらく気づかないこともある。

時間が経って妻がいないことに気付き、家の中を探してトイレにいることに気付く。

ノックをして開けてみると、ズボンを下ろせずに困っている妻がいたりする。

あるいは、もっと時間が経ってしまい、頑張って自力でズボンをおろした後だったりもする。そんな時の妻は、顔に汗をいっぱい吹き出させていて、何とも気の毒だ。

トイレに行く前に、声をかけてよ!と言いたいところだが、話せないからそう簡単には行かない。ジェスチャーで示すことは出来なくないが、遠慮もあってか、いちいち呼び止めずに一人でこっそり行ってしまう。

出来るだけ気にしているが、時間が経つまで気付かないこともあり、結果的に手伝えず、自力で頑張らせてしまうこともある。「それ以来、手伝うようになった」と簡単に書けない所以だ。

スボンを上げきらない状態でトイレから出て来れば、すぐに気付くので「上げる」手伝いは簡単だ。

しかし、外から見えない密室のトイレで一人苦心しているのに気付いてあげることは案外難しい。「下ろす」手伝いの方が一段難しいと思う。

とここまでが前置きだ。

わが家の介護は、僕と義母が行っている。僕が働きに出ている昼間は、近所に住む義母に頼んでいる状態だ。

しかしわが家は、妻もさることながら、新小学2年生の娘の世話が結構な負担で、義母はどちらかと言うと娘の世話に時間を費している。

妻の介護で、点滴の針抜きと昼の胃ろう注入は確実にして下さるが、痰吸引や口腔ケアなど、その他のことは難しいと言ってなかなか覚えてくれない。

トイレに関しては、すぐに気付くズボンの上げはしてくれているが、下ろす方は意識がないようだった。

先々週、そろそろ下ろす方も難しくなったので手伝ってあげてくださいと頼んだが、その後も一向に気にしていないらしい。

一昨日、時間を掛けても本当にズボンを下ろせなくて困っていると妻が伝えて来たので、いよいよ切羽詰まったと思い、昨日の朝、あらためて義母に話した。

「トイレに入るときにズボンを下ろして、便座に座るのも補助してあげてください。」

義母は「うん、分かった!」と快諾して下さった。

昨日の夜、妻に尋ねてみた。

「お義母さん、下ろすの手伝ってくれるようになった?」

妻は悲しそうに横に首を振った。

気づかずに何度かスルーされたとかではなく、一度も手伝ってくれなかったそうだ。もちろん、上げる方は手伝ってくれているのだが。

ああ、と思った。

妻が、一人密室で汗を流してスボンを下ろしているのに、義母は気付いていないのだ。単に長いトイレだと思っているのだろう。やがて用を足して出てきた妻の「上げる」手伝いだけをしているのだろう。

「大丈夫、トイレ一人でできてるよ!」

そんな風に答える義母の様子が口調も含めて、有りありと想像できる。義母は悪気がなくとても良い方だが、そういう人柄なのだ。

そんなことでモヤモヤしている中、娘が僕に報告してきた。

「今日、ママのズボン「上げる」の手伝ったよ!」

義母がいないときに、娘が妻の手伝いをしてくれたらしい。

さすがに「下ろす」手伝いに気付くのは無理だろうが、小学2年生の娘が「上げる」手伝いをしてくれたのは涙が出るほど嬉しい。

今朝、もう一度義母にLINEで頼んだ。
「すいませんが「下ろす」方も、お願いします。」

娘にも頼んだ。
「ばあちゃん「下ろす」の手伝ってあげて!」
そう言ってあげてね。

今日の僕の留守中、しっかり「下ろして」くれますように。