娘は小学一年生。

ママの病気、ALSのことを正しく理解できる歳ではないが、容態が深刻であることは感じている。

娘は、誰に教えられるでもなく病気のことをあまり口に出さないでいたが、先日ほぼ初めて僕に問いかけてきた。これについては、ひとつ前の記事に書いたとおりだ。

それ以来娘は、つっかえが取れたように病気のことを話してくるようになった。やはり本当は話したかったのに我慢していたのだろう。

7月27日、土曜日。
布団を並べて寝そべり、寝る前のお話しをしているとき、娘が言った。

「ママってどんな声だっけ?」

「覚えてないの?」と聞くと

「最近、今の声しか聞いてないもん」という。

会話が難しくなってから、半年から1年近く経っている。

スマホの動画を遡って、2、3年前のファイルを再生してみせた。

「可愛いー!ママこんな声だったの!」と娘は言った。

それから二人で、

「神様、仏様、お願いします、ママの病気を治してください、あの可愛い声を取り戻してください。」

と布団の中で祈った。

以来、寝る前になると、娘は「お祈りしよう」と誘ってくるようになり、毎日欠かさずお祈りしている。

それは良いのだが。

あれから6日経った今日、ついさっき娘が打ち明けてきた。どうも、ママの動画を見たのがショックだったらしい。

「最近、色々考えて途中で目が覚めちゃう」

と娘は言った。隣に寝ていながら僕は全く気づいていなかったが、夜中に目が覚めているらしい。そのせいで朝、眠たいのだそうだ。

実は、僕にとっても過去の動画を見たのは鮮烈だった。妻の声を忘れるはずもなく、脳内でいつも記憶の再生をしていたつもりだったが、あらためて、快活に喋る様子を見ると、やはり心が動くものがある。娘がママを心配するのは無理もない。

「ママのことを心配してたけど、今日はパパに話したからよく寝れると思うよ」

娘は、言った。健気としか言いようがなく、娘の頭をゴシゴシ撫でた。

僕は30歳を過ぎた頃に色々なことがあって、数年間、鬱に悩まされた経験がある。その頃、どう頑張っても2時間ごとに目がさめてしまい、続けて眠ることができなかった。中途覚醒の辛さを思い知った時期だ。

しかし小学一年生が、中途覚醒に悩むというのはあまりにも悲しい。一時的であって欲しい。誰が悪いのでもなく病気が悪い、病気が憎い。

それからもうひとつ。
7月29日、月曜日の会話。
娘と風呂に入ったとき、あらたまって、今日は話したいことがあると言われた。何?ときくと、寝る前のお話しの時まで内緒だという。さらに娘は、

「怒り言葉になるから絶対、ママには内緒にしてね」

と続けた。

ママに内緒にしたい「怒り言葉」とは、つまりママに対して怒っているという意味なのか?どんなことを言われるのか不安になった。

その後、二人で布団に入ると、待ちかねたように娘は言った。

「この間の動画をみたとき、ママに『早く治って欲しい』って思ったの。でも『早く』って言うと、ママを忙しくさせちゃうから、言わないように自分の心を隠したの」

というのが「怒り言葉」なのだそうだ。

怒っていないじゃん、どういうこと?と聞いてみたら、どうやら『早く』と強く求める気持ちの激しさが、娘の感覚では怒りに似ているように思えるらしい。

なんとも言えず、いいんだよと、ゴシゴシ頭を撫でた。

日付をいちいち細かく覚えているのは、実は、こっそりスマホで録音しているからだ。
ボイスレコーダーアプリで録音して、妻にも転送している。

娘の言葉は、僕には何より響く。さっき聞いた言葉のおかげですっかり目が覚め、久しぶりにブログを書けた。

転送を聞いた妻は、僕の100倍、心を動かすと思うが、どうかゆっくり寝てください。