妻が、ALSの診断を受ける前後から、仕事を休む機会が増えた。
職場の同僚にとっては負担だと思うが、病気が病気なだけに、大抵の人が気を遣って受け入れてくださるのでとても有難い。中にはこちらが恐縮するくらいに優しく接してくださる方もいる。
いよいよ診断が付きそうになったとき、病院に付き添うため明日は休みますと言って帰ろうとしたところを、ある人に呼び止められ、
「何があっても月曜日には出て来てくださいね、待ってますから。もちろん、何か都合ができたら遠慮なく休んで下さいね。でも、待ってますから。」
と言われた。
僕が落ち込んでいて、一家心中でもしそうなオーラを発していたから、こういう声掛けになったのだと思う。
明日、家族がALSだと告知されるかも知れない人を呼びとめて声を掛けるのは、容易にできることじゃないと思う。何を言って良いか分からないし、僕なら勇気が出ずスルーするところだ。
あらかじめ声を掛けようと考え、言葉を選んだ上で、勇気を出して声を掛けてくれたのだろう。それが伝わってくる言葉だった。
僕なんかのために、そうやって考える時間を割いてくれたこと自体がとても有難く嬉しかったと、その方には後で伝えた。
一方、僕の部下である27歳の女子は、その対極を行っていて、気持ちを逆なでする言葉をわざと選んでるんじゃないかと首をかしげたくなる程の天然ぶりだ。
例えば、先日妻がラジカット1クール目で2週間入院した際、退院の日に休もうとしたところ
「おめでとうございます、これで一段落ですね」
と言ってきた。
入院が決まって、何日か年休を取る理由を説明する際に、治療らしい治療のない難病なので、進行を遅らせる点滴を処方するに過ぎないこと、半ば検査、半ば副作用の確認のための入院であること等は一応話していた。
僕は、彼女の言葉に一瞬、絶句した。飲み込んで「そうだね、ありがとう」と答えるべきだったかもしれないが、反射的に、
「治ったわけじゃないから、おめでたくはないけどね。」
と言ってしまった。すると、
「あ、そうでしたね、すいません失礼しました。」
と返された。
「そうでしたね」ということは難病であることを一応は理解していたということなのか?その上でさっきのいい方だったのか?
と疑問が増え、逆にモヤモヤを残す結果になった。ありがとうと言って会話を終わらせた方が、まだマシだった。
また、入院の前後に手続きなどで休むタイミングでも2度ほど、
「○日にお休みされたあとは、少し落ち着きますか?」
と問いかけられた。
この場合の「落ち着く」は、仕事をしばしば休むことがなくなるか?という意味の「落ち着く」なのだろうが、こちらとしては、妻のこと家庭のこと、何もかも含めて「落ち着く」とは程遠い状態にあるので、
「やぁ」 とか、
「さぁ」
と言って返答を濁すしかなかった。
さらにもう1つ。
タイミングが最悪だったのは、妻がALSの診断を受けた日のちょうど一週間後に、その27歳女子の結婚式が予定されていたことだ。
春頃に式に招待を受け、僕も参列することにしていた。誘いを受けた頃は、こんなことになるなど夢にも思わず、参列を承諾したが、正直、診断のあった直後で、とてもじゃないが他人の晴れの場に出向く気分にはなれない。
そもそも、その27歳女子は、この4月に県外から転勤してきて、たまたま半年間席を並べただけの間柄で、長い付き合いがあるわけでなく、単に上司として招待されたに過ぎない。正直、仕事でも気持ちを逆なでされることが多いので辟易しており、仲良くやっているとはお世辞にも言えない。
でちょっと悩んだが、三万円を包んだ上で、一週間前で申し訳ないが参列をキャンセルしたいとお願いした。
すると、
「誰にも予想できないことだから、仕方ないです」
と返された。
悪気がないことは承知しているが、
そこは、
「大変な状況ですから気になさらず」とか、
「奥さんを大切にしてあげてください」
じゃないのかなと思った。
家族が死んだ、急ですいませんが休みます
と連絡したときに、
「誰にも予想できないことだから仕方ないです」
というだろうか?
さらに言えば、例えば見え見えの仮病で、熱で休みますという勝手な電話にも一応は、
「お大事に」
というのが日本社会じゃあるまいかと思う。
「誰にも予想できないことだから仕方ないです」
には、ドタキャンやむを得なしとする、許諾の意味合いは入っているが、相手に「お大事に」と伝えるなど、気遣いの要素は、全く含まれていない。
もちろん客観的にみればドタキャンする方が悪いし、そもそも迷惑かける側の僕が、相手の返答を批評すること自体、盗人猛々しく間違っているが、率直な感想として、27歳女子の言葉には、都度、ヒットポイントを微妙に削られる感覚を受ける。
そういった伏線があった上で、今日の話だ。
実は、今日と明日は、幼稚園の行事と通院の付き添いのため2日間、仕事を休んでいる。
先週末、27歳女子は、
「年休は、家庭と仕事を両立させるためのものなので大丈夫です」
と言った。
「両立」という言葉を入れると、家庭だけでなく仕事にも手を抜かず、両立しろよという意味合いになる。シャレたことを言わず、そこは単純に、
「奥さんを大切にしてあげてください」
で良い。
いずれも、悪気があっての発言でないことは理解できる。僕もとっさの失言は、日常的にしているし、そう言葉尻を取るつもりもない。
要は失言の打率の問題だ。
相手のことを多少なりと心配する気持ちがあれば、失言の打率は自然に下がるし、失言したとしても、言葉を選び損なったなという空気が伝わり、その向こうにそういう表情が見える。
失言はあっても良いが、そういうものではないかなと思う。