精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献) -85ページ目

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

 『自分は健康です。健康管理には自信があります。』という方は、自分が健康で、病院などあまり関係ないという方々が多いと思います。
 逆に『自分は病気です。将来どういった症状になるか不安です。』という方は、毎日病気の事でいっぱいいっぱいだと思います。

 自分の母はガンを患いました。母の言葉です。
 『もう、わっきゃまいじゃ。』母は卵巣ガンでしたが、まだ自分の病気を知らなかった時の母の言葉です。

 私は、すぐに仙台の会社を辞め、実家に帰りました。病名を明かされた時の私は、毎日栄養管理を行った料理を作り、健康に気を掛けていた母が、ガンに侵された事を信じられませんでした。母の実家の家系はガンで冒されていたという事を忘れていたのでした。
 病気になった時の母は神仏にすがり、ガンを人智を超えたもので治してもらいたいと必死になっていました。また高額な健康食品、健康飲料に手を出して、どうしても生きたいと何にでもすがりました。
 父はそういう母の言葉通りに、なんでも尽くしました。入院でも、健康食品でも、宗教でも、自分の普段思っている事を忘れて、自分の判断を介さず、母が治らないと感じていても、自分の出来ることを全力で尽くしました。
 
 母には死への恐怖がありました。健康な時には、決して言わなかった事でも、病気、死への恐ろしさから病気に支配された、気の弱い言葉を言っていました。私も母の言っている言葉が、おかしいと思っていても、父譲りかどうか分かりませんが、黙っていました。
 
  そういう母を失い、十五年が経ちました。
 私は、病気とは字のごとく『気持ちを病で侵される』ものだと思います。
 どんなに不健康で、身体に病があったにしても、気持ちが強いと(他人に気性が強いのではなく、相手を心配させない為に、自分の侵された身体の事を他人の気持ちの負担にさせない事。)例え、亡くなったとしても、死には負けなかったと思っています。
 
死には勝てません、でも、死と対等にお付き合いをすることもできます。
それは、病を知り、経験者の方々を教訓に、自分をあやす事です。
まるで、母親が赤子をあやす様に『大丈夫だよ、きっと良くなるよ。』と諭す事です。

私たちは、亡くなった方から見れば、生まれたての赤ん坊の様に『助けて』とか『何が欲しい』とか『何がしたい』とかわがままです。全部の欲求に身を委ねていれば、物事から盲目になります。自分の死についても盲目になります。
例え、死後の世界が、在ったにせよ、無かったにせよ、記憶は残ります。あの人はこういう風に亡くなった、こういう風に頑張った、こういう風に生きた、と忘れずに語られます。
ひょっとしたら、死後の世界とは、今世における人々の記憶、思い出、伝説、感動、感謝、等の人間界における良き面の集合体なのかもしれませんね。
少し長くなりましたが、健康とは自分の気分を人々の良き面の集合体に照らし合わせ、感じる事なのかも知れませんね。


 ガンに侵された母は、私の前で小リスの物まねをして見せました。その事を思い出させた
 事自体、この文章を書いた意味という事を、母が認めてくれたのかもしれません。


私は無理に親孝行をしなくともよいと思います。親の感情を感じ、共感し、良き思い出を作ることだけでも、親孝行だと思います。
残りの人生をゆっくり感じてゆきたいと思っています。