精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献) -84ページ目

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

中退と社会的活動拒否 Y.O
 私は、小さい頃から、いろんな事を辞めてきました。結果、途中半端なものが多いです。
まずは、歯の矯正。(中学で歯科に行かなくなりました。)
 そして、大好きだった、ノルディックスキー部(自分に適した競技で、練習が大好きでした。)
 また、代打で起用され、二塁打を打った野球部(打つ方だけうまかったです。)
短い期間でしたが、柔道部(全く興味がなかったです。)
最終的には大学を中退しました。

そんなに影響が無いと思っていた大学中退も、社会的には落ちこぼれとみなされました。
警察官の応募に県内からは落とされ、(埼玉県で合格しました。)
しかたなく、IT関連の会社に、国家資格を持っていたために採用されました。
 それから、二十一歳の時に、精神障害(軽度の鬱症)を患いました。
 その時は、若かった。仕事が出来ました。
 二十代はIT関連の仕事、自宅でのりんごのネットショップなどで稼いでいました。
三十代も引き続きりんごのネットショップ(大川りんご園)で仕事をしていました。
四十代は、多分仕事をしないで、生活をして行きます。病気の症状を抑えるためにも、ストレス、焦り、被害妄想などを起こさない為にも、デイケアでのリハビリが大切だと思います。
またこれらから、現在の私を二方向から見る事が出来ます。
一、 仕事と家庭を両立できない、中年のおじさん。
二、 仕事をしないで、国の税金で生活をしている、国家にとって足でまといな自分。
皆様にご迷惑をかけている、能力の無い、中年なのです。社会になじめないからの今があります。
でも、文章を書くことを大事にして、社会参加にします。
デイケアでの自分探しを文集で見つけました。良い時も、悪い時もある、普通の人です。
 自分探しはいつ頃、終わるのでしょうか?
 これから先、社会的に脱落し、病気までなった自分が、社会的に認知される自分になるのでしょうか?
 他の方々に、お役にたてるような文章は書けれるのでしょうか?

 世の中、特にお国の為に、恩返しのできる自分になれるのでしょうか?

 政治は昔から嫌いです。

 鳳凰を見た時、国(日本)を感じました。

 宗教が、日本に対する恩返しだと、二十四歳の時、感じました。

 鳳凰が社会的に脱落した自分を、社会に認めてもらう最終手段です。
 でも、私は一人で独立する(鳳凰のお力を借りない)つもりでいます。
 良い時も、悪い時も、もうすぐ四十一になる自分の事を考えれば、自分の行い次第だと、言い聞かせます。
 鏡を見る時、とても怖い時の『顔』、とてもさびしい時の『顔』、とても病気に侵されている時の『顔』、様々な顔を毎日見ています。
若いから見てきた顔ですが、精神病になってから表情も変わるようになりました。
 
 唯一、良い表情は二十代の時の恋愛モードの時のみです。幻聴も好きな時期だったようです。

 幻聴を抑え、独語を抑え、体を乗っ取られる事を抑え、暴言を抑え、暴行を抑える。
お薬、電気治療、看護、ケアサービス、相談など、私たち障害者はお国から恩を頂いている身分です。死ぬ前にでも、障害年金四千万円ほど、お返しできる自分になりたいです。
 社会的活動をしなくなっても、社会のトップであるお国に守られているだけでも幸せです。