偽りの自分と本当の自分 Y.O
偽りの自分とは、日々、社会の中で見せている、偽善的な行動をとる自分です。
本当の自分とは、日々、社会の中で見せないでいる、監視している自分です。
偽りの自分とは、日々、社会の中で見せている、偽善的な行動をとる自分です。
本当の自分とは、日々、社会の中で見せないでいる、監視している自分です。
病気によって(精神障害のせいにしますが、)偽善的になっています。社会を完全に信じられないのです。
そもそも、偽りの自分とは、自分はそんなに大した人物では無いのに、会社の忘年会で余興をやり、主役を演じている自分です。お酒が回れば、そういう能力もありました。私自身では、余り大したことないなと思っていても、社長が大変喜んでいました。
演じている自分を、社会で認められているという感覚で、割り切れれば、
社会に適応する能力が、多々あり、病気にはならなかったと思います。
社会に適応する能力が、多々あり、病気にはならなかったと思います。
私は忘年会で酔いが回る中、頑張りました。それを評価してもらえました。
社員として、本当に認められた、いいきっかけでした。
社員として、本当に認められた、いいきっかけでした。
なぜなら、皆さん方が盛り上げることを、出来無かったからです。
代わりにやった私を、歓迎してもらったのです。
代わりにやった私を、歓迎してもらったのです。
例え、自分の本当の性格でなくとも、『みんなの為に。』なれたのならば、自分で納得できなくても、社会が認めてくれた。または、社会人の一員となったならば、『偽りの自分』でも良かったのではないかと思います。
それでも、心のどこかで、引っ掛かるのが、本当の自分です。
本当の自分は、酔いが回っているときには、姿を隠します。あくまで、酔っているときは、判断しかしません。つまり、お酒の勢いで行動している自分を、監視しているだけです。
本当の自分は、酔いが回っているときには、姿を隠します。あくまで、酔っているときは、判断しかしません。つまり、お酒の勢いで行動している自分を、監視しているだけです。
その見られている(悪く言えば、誰かに監視されている妄想。)が強く出てきて、
行動を抑えてくれるのならば、自分は納得したと思います。
行動を抑えてくれるのならば、自分は納得したと思います。
本当の自分が存在すると、気づいただけでも、幸せなのかもしれません。
これからの残りの人生を、本当の自分(勤労を無理せず、心に残るとげを重視して)で生きて行ければいいと思っています。
これからの残りの人生を、本当の自分(勤労を無理せず、心に残るとげを重視して)で生きて行ければいいと思っています。
ビジネスマンから労働をしない年金暮らしを、他の人から早く行っているのかもしれません。
それだけ、業が深く、広く、強いのかもしれません。