精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献) -71ページ目

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

死ぬのが怖いと死 Y.O
 人間皆死ぬのは怖いです。私も死ぬのが怖いです。いつ死ぬのか、本当に知りたいです。
何十億いるこの地球上で、死ぬのが怖くない人はそうはいません。
 今、ちょうど夏になり、怪談話も出てくる時期です。
 そもそも、死ぬのが分かっていながらも、子孫を残す理由が分かりません。
 自分も死ぬのです。自分の子供も死ぬのです。それでも子供を残すのです。
 それは本能的に人間が、確実に進化をしているからだと思います。
原始時代から比べても、ほとんどの分野で昔より今の方が進化をしています。
 人間は本能的に子供を作って来ました。
 これは、当たり前の事です。
 この事を否定したら、私は今、生きていなかったと思います。
 でも、あえて私は子供を作ることを批判します。
 ただ、地球上で私だけでしょうから、お許しください。
 自分の子供が、自分が死ぬ苦しさを分からずに、
 子供を作るのです。
 死、そして死の恐怖を、学校の義務教育で教えてくれるならばなおさら、
 学校では、教えないのです。
 では、誰が教えるのか?
 それは、子供を作った親の、義務教育以上の教育です。
 親が教えてくれなければ、子は自分が死ぬのが怖くてしょうがありません。
 うちの父親は言います。『あいつも死んだ』と何回も聞いた事です。
 私はそこから勝手な自己解釈をします。
 悪人でも、善人でも、普通の人でもいつかは死ぬ。
 悪人は、この世での犯した罪の重さに気づき、あきらめ死ぬ。
 善人は、死を受け入れ、自分の良きことを思い出し、満足して死ぬ。
 普通の人は、死ぬのが自分でなければいいやと他人行儀だが、自分の死を恐れる。

     私は、普通の人間です。死に方として一番苦しむタイプだと思います。
     悪人は、自分の死を受け入れます。
     善人も、自分の死を受け入れます。

 死後の世界を説いている宗教は、ほぼどの宗教でも同じだと思います。
 その宗教が、母の死を説明できないのです。
 現在、父が生きています。
 
 父の忠告です。
 『宗教はやるなと』、『人に迷惑をかけるなと』。
 これが、父の義務教育以上の教育なのかもしれません。
 
 
    私には、父の教育を理解できません。
    生きているうちに、父親の教育を理解したいです。
    人生を長く生きているのだから、最も信頼できる教師です。
    私の作成者です。
    私以上に死を理解しているのです。
 ただし、この教育は、各家庭でされるべきで、宗教の自由である以上、
 押し付けの教育はいけません。
 後、母親の教育は、若くして死んだという事です。
 不釣り合いな私の家族、死を家族から学ぶ事は、
 
     こんな自分でも、育てていただいて、ありがとうございます。
     私は変わりものですけれども、
     今やっと、優しく育ててくれたという事を理解できました。
     いつ死ぬのかと、知りたがるよりも、
     自分の人生、正しく生き。
     弟に、大川家を相続してもらうという決断を、
     兄である私の最後の遺言にし、
     一人で生きてゆくと、決めている事です。