就労 | 精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

就労とは就労の前に人間関係を上手くできなければ、社会に適応できません。
就労が無理とは『人間関係』すら構築できない事です。
それでは、『人間関係』とはと考えてみます。
辞書には『ひとりの人は誕生したときに、すでに両親との人間関係を持ち、さらにその後、
兄弟(姉妹)、親戚、知人、友人、恋人、配偶者などとの関係を通じて、様々な人間関係を
営んでゆく。ひとりの人の人生は、人間関係の歴史そのものである。その中には、良好な関
係もあれば、険悪な関係もある。また、人間関係は、長期間にわたり継続されることもある
が、せっかく築き上げた関係が、短期間で崩壊してしまうこともある』
辞書にも『人間関係は、長期間にわたり継続されることもあるが、せっかく築き上げた関係
が、短期間で崩壊してしまうこともある』と書かれています。

今まで、やっと築いた関係を壊すような行為を一瞬でしてしまい、人間を失ってしまう。
では、なぜ人間関係が崩落するのか、現時点での私には理解できません。でも、
人間関係が崩落しようとする時、最後まで相手の方を思えるか。最後なので相手の事などど
うでもいいやと思うか。
流動的な人間関係の中で、自分を掘り下げないと、現在までの人間関係を分析できず、人間
を他人としてしか認識できないのです。
ところで掘り下げた結果としては、
私は、社会人として人間不信に陥り、統合失調症という罰を受けたのです。
社会から見捨てられた二十一歳の事をいまだに解決できず、苦しむのは自分だけになり、
自殺まで考えたのです。
でも『人間関係』とは自分にとって、うらやましくもあり、不必要なものでもあります。
不必要とは、『人間』を離れ、悪魔、神、霊等に接し、人間を辞めることになります。
『人間関係』が終わり、人間以外との交流をすることで、体力、精神力がとてつもなく強
くなり、興奮状態になります。いわば、精神病の初期の状態です。
現代医学では、その精神病の完治は無いとの見解が多いです。
その本人が間違った人間、『人間関係阻害』をしている限り、完治はしません。
私は、間違った方向へ堂々と向かっていました。
でも、それは自分にとっては正しい事なのでした。
色々な本を読みました。
その方たちも、精神病者だったのかもしれません。
現在四十一歳、精神的にも脂がのっています。
のちに老いてゆき、死を迎えます。
『人間関係』を悩んでいるうちに死が待ち受けているのです。
では、そもそも死んで逝く、人間とは何なのか?
辞書で、『ひとりの人は誕生したときに、すでに両親との人間関係を持ち』とあります。
私は一人で生まれてきてはいないのです。両親の間に生まれたのです。
DNAには先祖代々の情報が、入っています。数億年の情報が私の体の中にも入っている
のです。それぞれ、人種も違えば、人間関係の大きな分類である『国家』も多数あります。
その人類の広大なる『人間関係』の中で、私はある両親の間に生まれ、私は恵まれました。
でも、その両親のうち母が『ガン』に侵され死亡し、片親となりました。
弟は母の死を泣いて受け入れました。私はその時、精神病で母の死を受け流すような態度
をとり、涙すら出ませんでした。『人間放棄』です。『人間関係」を築けない理由は、そこ
にあります。
『人間失格』に対し、『人間放棄』です。
犬猫にも馬鹿にされ、生物としても相当低い位置に居ます。
手塚治虫の「火の鳥』には、ある僧侶に罰として『人間以外の生物』に生まれ変わり、罰
を与えるといった、ショッキングな漫画もあります。
私は、人間として生きながら、罰を受け、現在あがいているのです。
唯一の希望は、自分が『赤ちゃんの様』な心境に至り、生物を慈しむ事が出来るかどうか
になります。
その僧侶も、『人間以外の生物』に生まれ変わり、生きる理由を人間のみならず、他の生物
または、僧侶が最終目的に目指していた『仏』を慈しむ事を出来るかが罰を終了させる手
段だと思われます。
人間は本当に救われた時、大粒の涙を流します。
他人への慈悲が高い方は、とある方が亡くなられたときに大粒の涙を流します。
私の大粒の涙は、大学へ通い、中退する際に色紙を貰った時流しました。
その後二十四歳の時『鳳凰』を見て涙を流しました。
苦しい涙と、嬉しい涙、せつない涙、慈しむ涙、他人に見せない涙には嘘はありません。
感情は涙によりさらに清浄され、人間を進化させます。
私の就労の諦めた面は『人間の進化』に付いて行けないからだと察します。
この文集の序盤では『人間関係』と原因を持っていましたが、
実は、経験による『人間の進化』によるものでした。
就労は『人間を進化』させる事。デイケアは『人間を豊か』にする事。
自分自身を進化させることを出来なかった就労、デイケアでは反省をし、少しでも進路を
間違いない様、文集を書き続ける事が必要になっています。