梅雨明け間近のとある夕方。

我が家に突然見たことの無いとても上品な白い猫の親子がやってきた。

上品な白猫は、どこか儚いようなそんな雰囲気がした。


『突然訪ねて来て申し訳ありません。黒猫さんに伺って参りました』


とても丁寧な言葉で、母猫が言った。

ぼくは家にあがるようにすすめると、遠慮がちに母猫は子猫を連れだってそっと座敷に入ってきた。

ぼくは挨拶を済ませると、少し待ってて貰うように言って台所へ行くと、冷たいお茶を用意した。


ふと見ると台所の入口に子猫が立っていた。

母猫にそっくりな女の子。ぼくのことをじっと見ていた。


『君はお茶でいい?あいにくジュースが無くて。気の利いたものがあれば良かったんだけど』


と、ぼくが言うと、首を横に振って、


『お茶で結構です』


と言った。

その小さな外見からは考えられないような大人びた言い方だった。

今覚えたての言葉ではなく、使いこなされたような馴染みのある発音。


『わかりました』


ぼくまでつられて丁寧に答えた。そうさせるような雰囲気がその白い子猫にはあった。


座敷にぼくが子猫を連れだって戻ると、それを見た母猫は、特に驚いた様子もなくにっこりとして子猫に手まねきして、自分の横に子猫を座らせた。

ぼくは子猫が坐るのを見ると、お茶を出した。


『突然訪ねて来て申し訳ありませんが、しばらくの間、こちらでこの子を預かっては頂けないでしょうか?』

『ぼ、ぼくがですか???』

『はい。この子は決してあなたに迷惑をおかけすることは無いでしょう。むしろあなたのお仕事のお手伝いができるかもしれません。どうか暫くの間、お願致します』

『そ、そんなことを言われましても・・・・・・』


ぼくは、母猫の横にちょこんと坐っている子猫を見た。

子猫の緑色の瞳がぼくを捉えている。

その瞳は、きらきらとしたエメラルドのようであり、瞬きするたびに一瞬だけ青さを増すような気がする。


『きっとあなたのお力になれますから・・・・・』

『ぼくの・・・・・・ちから??』

『ええ。あなたのお力にきっと』


母猫はにこにこしている。

ぼくの仕事。

ぼくの仕事といっても、様々なことをやっているので、どれを指しているのかわからない。

畑の事も、絵を描くことも、石を集めて作品をつくることも、ときどきお天気や世の中のことお願いすることも、小さな子供たちを預かることも、頼まれて子供をお風呂に入れる事も、お留守をしてあげることも。。。

全部ぼくにとっては大切な仕事だった。


『実は私はひとりで行くべきところがあり、どうしてもこの子を連れてゆくことができません。困っていると、黒猫さんがあなたの事を紹介して下さいました。黒猫さんはこの子の事をご存知で、是非この子をあなたに預けると良いとおっしゃいました。この子とあなたの出会いが、きっと素晴らしいものになるとおっしゃったのです。どうか、この子をしばらくの間、あなたの元に置いてやって下さい。お願致します』


母猫は必死で頭を下げた。

それを子猫が見ている。

ぼくは黒猫のことも信頼していたが、何故かこの白い子猫のことが気になって引き受けることにした。


『ありがとうございます』


上品な白い母猫は、ぼくの家を去ってゆく時、何度も何度も頭を下げて去って行った。

白い上品な子猫は、そっとぼくの手を取った。

ぼくは、母猫と離れて不安なのだろうかと思い、しゃがみこんで子猫を見た。


『おかあさんと離れて心配かい?』


すると、子猫は首を振った。


『そんなことはない。私はあなたと出会うべくここにやってきた。だから不安はない。母も黒猫もあなたも信頼している』


エメラルド色の瞳を一層輝かせながら子猫はぼくに言った。


『なによりも・・・・・・あなた自身が私を求めていたはずだから』


ぼくは一瞬不思議な感覚にとらわれた。

子猫の瞳がラピスのような青色に変わったように思え、その瞳に取り込まれていくような感覚だった。

相手がまるで成人している女性のような・・・・・・もっと年上の老女のような感じがした。


『な、中に入ろう。お腹が空いただろう?何かつくってあげるね』


ぼくはわざと小さな子供に言うように言った。

それは、ぼく自身が相手を子供であることを認めたいというあらわれでもあった。


この日から、ぼくと白い子猫との生活が始まった。

それは不思議な不思議な夏の思い出となるのだった。