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長野県議会議員 大井岳夫のブログ

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日が変わって昨日、佐久長聖高校駅伝部が都大路の全国高校駅伝で準優勝しました。

最後のトラック勝負は手に汗握りました!


平成20年に優勝した以来の表彰台。
いつも早朝から選手の皆さんが走っている姿を見ているだけに、嬉しさも倍増です。

そして、おめでとうございます。
また、往年の駅伝ファンとしては、怪物・佐藤清治選手の名前が何度も出てきたことは

嬉しかったです。


ただ、改めて思うことが1つ。
それは、市からチームや個人が全国大会に出場する際にお渡しする激励交付金の存在。
これが、スポーツ毎に交付基準が違うのです。


ちなみに高校野球は別格で、佐久市は県内他自治体も参考に、
春の甲子園出場で300万円、夏の甲子園出場で500万円を交付しています。

では今回、佐久長聖高校駅伝部にはいくら渡されされたのでしょうか?


答えは、10万円です。
(他の競技も同じ。世界大会も全国大会と同じ金額。
 個人は1人につき1万円、団体は10万円。)


私は平成20年の優勝を踏まえ、議会で問題提起したことがあります。
(いささか追及が甘く、反省しておりますが。詳細は下部リンクから)


答弁では、野球と他の競技では大会規模が違う。
佐久のPR効果が他のスポーツとは違う云々・・・


今回、6年前の佐久長聖高校の活躍は、NHKというメディアを
通して、「佐久」の名を全国に轟かせてくれています。
また、地域の誇りにもなっています。


教育要素がの高い高校のスポーツを「PR効果」という視点で捉えるのは
失礼、無粋と思いますが、市が判断基準にその尺度を求めるのであれば、
金額のギャップに違和感を感じる方も多いと思います。


数年前、関係者との歓談の中で言われた一言が、今だに耳に残っています。
「我々は、佐久にも貢献したいと思って一生懸命練習し、一定の成績も残したつもりだ。

 ただ、市は練習等の環境整備には腰が重い」
この一言が、全てを表しているような気がします。


議会で取り上げた後も、度々交付基準の見直しを促してきましたが、市の腰は重いままです。
私は、何も甲子園の交付金を下げて、同水準に、と言っている訳ではありません。
甲子園に合わせるのは難しいと思いますが、全体的な底上げを図ることが必要と考えています。


例えば、結果に応じた支援金の交付も一考でしょう。
そうしたバックアップが、金銭的に苦しい選手も競技を続けられ、
継続してよい成績を残すことにつながっていくはずです。


今回の素晴らしい成績を機会として、スポーツ、そして文化活動を
いかにして行政(もしくは民間団体)が支えていくか、改めて考えるべきではないでしょうか?


http://www.kaigiroku.net/kensaku/cgi-bin/WWWhitResult.exe?USR=nagsaks&PWD&A=hitResult&XM=000100000000000&L=-1&S=31&D=-1&C=0&B=255&T=0&T0=70&O=1&P1&P2&P3&P=1&Z=%95%BD%90%AC24%94N&ZL=3&W1=%8C%83%97%E3%8C%F0%95t%8B%E0&W2&W3&W4&DU=0

9期連続で長野県議に当選され、県政の重鎮であった

石田治一郎先生が、10月12日、在任のまま77歳でご逝去されました。


お人柄とその実力で、開票直後には当選確実となる選挙の強さ。

そんな先生からいつか直接薫陶を受けたいと願っていましたが、

それも叶わなくなってしまいました。


あれは2年ほど前だったでしょうか。

石田先生は、長野県相撲連盟の会長を務めらていたことから

「佐久に立派な土俵を作りたい」という私の直談判を

体調の悪い中、時間を取って聞いてくださり、激励してくださいました。


その後、痩せていくお姿を拝見し、心配していましたが

阿部知事2期目当選の報告会場でお姿を拝見したのが最後となってしまいました。


今日の長野市内のホテルで開かれたお別れの会では、

先生のお人柄を偲んで、3千人もの方が献花に訪れたそうです。

わたしも献花まで1時間以上を要しました。


佐久に県立武道館を誘致し、土俵を作る。

そこが青少年の健全育成の舞台となり、地域活性化の1つの拠点となる。

先生のご遺志を継ぎ、実現できるよう活動してまいります。

どうか、お見守りください。


最後に、謹んで石田先生のご冥福をお祈りいたします。

合掌。



大変お世話になった一族で隣家の方が他界されました。


すると、喪主や故人のご意向もあり、葬儀委員長をやって欲しいとの話をいただきました。
先輩方いらっしゃる中でためらいもありましたが、

僅かながらでも故人への恩返しと、謹んでお受けしました。


菩提寺との戒名打ち合わせ、葬儀委員長挨拶等、

初めての経験で至らぬ点もありましたが、多くのお力添えをいただき、

滞りなく葬儀を終えることができました。


それにしても、人を送り出すのは大変なことだと、つくづく感じました。
ただ、改めて人のつながりを感じることもできました。
 
いつもはお願いしてばかりの立場ですが、少しは恩返しできたかも知れません。



画像は浅間山麓の高峯苑。周囲をキツネが走り回ってました。

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