独女の独り言 -3ページ目

独女の独り言

頑張っている様に見せて頑張ってないよ。

ここには日々の出来事を書いてゆく。

父の日はとっくに過ぎてしまったけど、私のお父さんってこんな人だったなぁ、という記録を綴る。


とにかくよく頭に血の上りやすい人だった。すぐ怒鳴る。そのくせ、怒った事はすぐ忘れる。上に姉が2人、下に妹が2人いてど真ん中の男1人が父だ。姉や妹達は20歳そこそこで次々と結婚したが、父は40歳で母と出会った。私は父が45歳の時に生まれた。父方の親戚とはあまりやり取りは無いが、従兄弟でも最大で30歳ほどの差があるので遊んだなどという思い出はごく一部の人だけである。気に入らない事があるとすぐ怒って大きい声を出すので、イベントや集まりに出向くと場を白けさせる事があったのを覚えてる。母方の従兄弟達の、穏やかなお父さんが羨ましい時期もあった。


しかし、家族を大切にする人でもあった。貧しい一家の5人兄弟の中に生まれ、食卓に肉が上がる事は正月でもあまりなかったと話していた。たまに野菜炒めが出ても山盛りのキャベツの中に肉の細切れ(と言っても粉みたいな:本人談)が底に少しあるだけ。そんなおかずでも祖父は、自分の皿から唯一の男の子である父の皿に木端みたいな肉をせっせと運んでくれたのが忘れられないと語っていた。父の日や誕生日に、ちょっといい肉を買って帰ったりすると「親父にも食わせてやりたいな」と必ず言っていた。


その思い出が強いのか父が家族を持った時、美味しい物・高級だったり、めずらしい物が食卓に上がると全員にシェアするという習慣がついた。父から姉や私の皿にせっせと運ばれてくるのだ。私達の分があるのにも関わらず「美味いから食べなさい」と。食べて嫌だったら無理しなくていいよ、とも言っていた。思春期になると姉は父が口を付けた箸で運ばれてくるのを嫌がったが、私はな〜んにも気にしなかった。美味しいからお父さんも食べようよ、とは言ったけど。


私も働きに出る年齢になり、職場でお土産のお菓子をいただいた時。それがあまりにも美味しく(名前忘れちゃった)、美味しいと騒いでいたら、その人がまた同じお菓子を買って来てくれた事があった。ただ、詰め合わせだったので私のお目当てのお菓子の数は人数分は無かった。前回、あまりにも騒いだので優先的に私は貰えたのだけど、その時に「これ、とっても美味しいんだよ!」とバクっと半分に割り、入ったばかりのパートのおばさんに渡した。私が小さい時から慣れ親しんだ行為だったのだが、パートさんは大層驚き


「そんなに大好きなのに、こんなにいっぱい分けてくれるの?」


と、私に言った。ハッとした。口を付けた箸で渡されるのを嫌がった姉を思い出したが、パートさんは「量が少ない物」を大好きなのに分けてくれたという所に驚いていた様で、その後は2人で美味しく食べた。美味しい物をシェアって、いい習慣だったなぁと大人になってから思い返す。


ただ、美談ばかりではない。私が高校に入ったばかりの頃、まだちゃんとした友達も出来てない中でお弁当の時間。おかずのメンチカツ(大)を「一口ちょうだい」と言われた。いいよ、とあーんの状態で差し出すとなんとそいつは思い切り噛みつき、一口分だけ残していった。一口ちょうだいに変わりは無かったが、私は世の中にはこんな人も居るんかと心底おったまげた。そいつとはその後、20年以上の付き合いになる親友である。文字通り私の目が点になってたと今でも笑う。


父は晩年、怒鳴る事も少なくなり肺を患ってからは体を動かす事も大変そうな時期があった。そんな中、私の仕事中に父から「お昼ご飯すごく美味しかったの。今、ベッドで横になってるけど窓からの風が気持ち良くてとても幸せだよ」と突然電話が来た。何事かと私は動揺したが、どうしても私に伝えたかったらしいと母から聞いた。父が亡くなる半年前の出来事だったけど、私の脳内にこの時の父の声がはっきりと残っている。


向こうで美味いもん、食ってるかな??