友人を誘って宗像の公共施設で行われたジャズ・コンサートを覗きました。会場には中高年の同士で一杯でした。そんな中、私のまえに両親に連れられて来た学生が座りました。開演と同時に後ろから物凄い音響とともに思い思いのド派手な格好をした連中が場内になだれ込んできました。パンフレットにあったブラック・ボトム・ブラスバンドでした。ニューオリンズスタイルのジャズが会場に響きます。このバンドは

 

神戸を中心に93年に路上ライブとして活動を開始して、その

ころビッグになった綾戸智恵の目に留まり交流がはじまったとリーダーが口にしていました。彼らの演奏が1時間、会場は熱気ムンムンになりましたら前の席から、いびきが聞こえてきました。後から来た学生でした。大音響の中いびきで対抗するとは大した青年だと感心しました。お母さんらしきひとが”ほら起きらんね、勿体なかろうが”とモトをとろうと躍

 

起になっていました。舞台ではリーダーが”では、今日の特別ゲストの綾戸智恵さんをお呼びしましょう!”とコールし

ましたら舞台の袖から小柄なおばちゃんが現れました。青年たちのド派手な格好と対照的でフツーのおばさんといういでたちです。”こんにちわ、綾戸智恵で~す、今朝6時半の電車に乗ろうとタクシーを停めたら、なんや床に一杯あって足を浮かせながら駅まで連れて来られた”と笑いをとっていまし

 

た。さっそくアメリカで鍛えたノドを披露していました。1曲歌い終えたら”私の母は福岡の八女の出身なんです(と怪しげな方言で場内を沸かせていました)。場内を手でかざしな

がら”今日は大勢の先輩方がお見えですね、やっと還暦になった私なんかここでは話にもなりませんね”と言いながらニヤッとして”パンツの綾戸です!”と発しましたら場内

のギャラリーもよく承知していて大きな拍手を送っていまし

 

た。”あるときマネージャーが綾戸さん今日は唄わんでいいです。身体だけでいいですって言いよりますから、なんやろなと思いながら会場に連れて行かれました。バンドも居らんしなんやろなと思うていましたら今日は介護の話だす、て言いますのや、あたし講演も営業科目に加わりました”と場内を笑わせていました。華奢な身体でマイクのパワーを借りながら熱唱していましたが十八番の「テネシーワルツ」は不発でした。

小話:同じ長屋のダンディーなおっさんとエレベーターで一緒になりました。おっさんが”深夜ダンスパーティーに行っています”と意味深なことを口にしました。”エッ深夜ですか!”と勢い込んで良からぬことを連想したがら聞きました。するとおっさんは”いや深夜でなくてシニアのダンスパーティーですよ”と私を、たしなめるように言いました。 場所とか時間を続けていましたが耳には入りませんでした。                   なあ~んだ。 ぐっさんハイ

かみさんが隔年ごとにお世話になる「PET検査」の病院に中国からみえた先生がいて、その先生がかみさんの検査を担当していました。看護士ではなく先生なんです。言葉は少しイントネーションが気になる程度で、ほとんど変わりはなかったと言っていました。そのことを検査結果を聞きに行ったときに院長先生に話ましたら”あの先生は中国の農村地帯から北京の大学の医学科を卒業して日本に来てウチの病院で普通に業務を熟知しているしガッツがある”と満足そうに話してあ

 

りました。ご存知のように中国は猛烈な格差社会だそうで農村から都会に出ること自体が大変なことで、ましてや農民から医師になるなんて実力もさることながら強運の持ち主なんでしょうね。日本人でも至難の医師の免許も取得しているのは、もちろん、体全体から必死さというかガッツが溢れるような日本人にはない迫力を感じるんだそうです。それに本人はこの病院でもっと研鑽を重ねたいと言っていると嬉しそう

 

に話してありました。病院もビジネスですから海外のセレブを取り込むということも視野に入れて、中国からのお客さんを迎えたいという戦略も見え隠れする昨今の病院の事情でありました。国際化といえばきどき外食するレストランでのことですが年上のスタッフが新米の青年を鍛える光景に遭遇しました。まだ入社して間がないのかイチイチ指図され、そのたに”ハイ!”と元気よく返事していました。”ぼんやりしないでお客さんが見えたら挨拶をして注文を取るのよ!オー

 

ダーが入ったら元気よく”ありがとうございます”と言ってお辞儀をしてフォークとかナイフを配膳するの。ぼやぼやしないで、やりなさい”と指導していました。肌が黒かったのと言葉つきが少し気になったので”どこから来たとね、頑張りなさい”と声をかけましたら真っ白な歯をむき出して笑みを浮かべながら”フィリピン”と応えていました。忙しそうだったのでそれ以上は聞けませんでしたが、私も海外で出稼ぎをして言葉や習慣に苦労したことを思い出してしまいまし

 

たが、必死で覚えようとする気持ちと切羽詰まった境遇で鍛えられたら言葉はついてくると思いました。つまり崖っぷちに立たされた状態で、訊き返せないときに自分の頭で推察するというアクションが上達のコツだと思いました。その証拠に外国のお相撲さんは日本語がうまいじゃないですか。笑われ揶揄われながら必死に覚えた日本語はけっして忘れないということを立証していると思いません?。

   近くの公共施設でフィリピン領事館主催の在日フィリ

   ピンを対象にパスポートについての講習会があってい

   ました。会場まえには派手な格好をしたフィリピナー

   が大勢たむろしていました。       国際化の

   波は我が町にも押し寄せています   ぐっさんハイ

ベトナムの不法滞在者が不法滞在がバレるのを恐れて職務質問をしようとした警官の腕を噛んで逃走し36時間後にコンビニで身柄を確保されたという報道がされていました。トンズラしたときには上半身裸だったそうですが拘束されたときは片手に手錠をかけたままだったそうです。裸だったかどうかはわかりませんでした。そんなどうでもいいようなニュースよりも後出しで民進党の代表者の選挙の模様を報道していました。前夜のNHKのニュース番組でもトップはサッカー

 

ワールドカップ最終予選で、日本がオーストラリアを破ってアジアの代表に決定したというニュースでした。番組の終わりに”本日お伝えした内容はつぎの通りでした”とアナウンス。それによると民進党の代表選挙は一番下にありました。天下のNHKから随分、軽く扱われたものですね。一般紙では前日、日経新聞が問題視した北朝鮮への石油輸出禁止を取り上げていましたが問題の捉え方というか優先順位がイマイチじゃないかと思いました。さて今日のお題は「不法滞在」

 

ということなんですが、私も海外で出稼ぎをしたことがありますからベトナムの男が無我夢中でトンズラした気持ちはわからないこともありませんが、出稼ぎの許可をもらっていても警官がいると気の弱い私はドキッとしたものです。もう30数年になりましょうか、休日にかみさんと近くの屋台でメシを食っていましたら。髪を茶色に染めて如何にも水商売あがりのような女性が我々に近付いてきて”お宅たちはマレーシアに何年いらっしゃいますか”と不躾に訊ねてきました”は

 

あ、まだO年です”と応えましたら”どこにお勤めですか”とまたストレートに問いかけてきました。私は”はい、電気屋です”と曖昧に応えましたら、その場に座り込んで”実はウチのひととマレーシアに来てO年になりますが、当てもなく来たものですから職が決まらなくて私が掃除婦などをして、なんとかその日暮らしをして毎日をしのいでいる有様です。なんとかお宅の会社でウチのひとを臨時で結構ですから雇っていただけないでしょうか”と息もつかずに話し

 

たあとで”不法滞在で捕まって強制送還だけは避けたいと3か月ごとにシンガポールやタイに出入国を繰り返していますが、同じルートでは入管のスタッフの嫌がらせがあって、こないだなんか、バスでタイの田舎の国境街に行って、なんとかはいれたんんですよ”と当時は手作業のチェックしていた隙を狙って入出をした切羽詰まった思いを聞かされました。どんな事情で当てもない東南アジアに行き着いたのか知りませんが「ベトナム人、上半身裸で逃走事件」は、そんな影の話を思い起こさせた事件でした。

 ウチの長屋は言葉を交わすひとが大勢います。あるときエ

 レベーターに乗りましたら、子供たちが3人乗り込みまし

 た。一人の子がボタンを間違えて押し慌ててWクリックし

 ましたら間違った階の表示が消えました。私は思わず”あ

 ら,面白いことばしたね。勉強になった”と言いました

 ら”おじさん75歳以上になったらすぐ忘れるけん忘れんご

 とせんばいかんよ”と言われ”はいはい”と言って降りま

 した。       老いてはガキに従え ぐっさんハイ