実は10月の検診でリンパ腫が再発したと思われると診断され検査三昧の幕がスタートし6日から検査入院をして腫瘍のタイプを特定して、抗がん剤投与による治療を行うことと相成りました。従いまして折角、盛り上がってきた?出前本舗もしばらくお休みをさせていただくことになってしまいました。高倉 健さんとおなじ「リンパ腫」で簡単には参りませんが、まだ健さんに”もうしばらく出前を続けて笑われてこ

 

い”と言っていただけるのを期待しながら、前回同様、抗がん剤投与中も動き回って病棟のみなさんに変人奇人と言われるように軌道を逸したアクションで出前のネタをかき集めて参る所存です。駄文にお付き合いくだされた賢者諸兄におかれましては自分のバディに疑いと臆病になられて、つねにケアをなさいますよう、おすすめしながら諸兄のご健勝とご多幸を心から祈念して、しばしのお休みを頂戴させていただきます。
                         平成29年11月4日
               出前本舗 ぐっさんハイ

小話:
いつものように長屋のエレベーターに乗りました。女  の子と一緒でした。夕方でしたので”クラブ活動で遅くなったの?”と訊ねましたら”いいや”と言いますから”お友だちと遊びに夢中になっていたんだ”と言いましたら”うん”

と言って私の方を振り向きました。小学3年生ぐらいの幼い、

 

可愛い女の子でした。少し、しょげた感じでしたから”よかよかママに叱られたら爺ちゃんが助けに行くけん”と言いましたら嬉しそうに笑っていました。私より早い階で降りました。驚くことにリフトが動くまで、手をふりながら見送ってくれました。大人をみたら用心しなさいという世相の中。あったかい気持ちになりました。

例によって個性的な顔立ちの内館牧子先生がこんなコラムを寄稿してありました。『女友だちがしょんぼりした声で電話をかけてきた。学生時代からとても世話になった女性が亡くなったのだという。老衰だったそうだが、今日までずっと関係は変わらなくなることなく続き、女友だちは折に触れて訪ねたりしてたようだ。むろん、先方の子供たちとも昔から親しい。ところが亡くなったことも告別式の日時もまったく知

らされなかった。”訪ねたくて電話したら母は3カ月に亡くな

 

りました”って。彼女は驚き訳が分からなくなったという。

どうして知らせてくれなかったのかと言ったら、電話に出た息子さんが”故人の遺志で家族葬にしましたので、血縁関係以外の方には知らせなかったんです”って。で、息子さんは、いつものまんまに感じが良くて、電話でかなり長く思い出話をしたのよ”。彼女はすぐ香典を送った。が、送り返さ

れてきたという。”丁寧な手紙がついていて、故人の遺志で

 

すのでお返しすることをお許しください。お気持ちは母の遺影に伝えましたし、私たち子どもも大変有難く思っておりま

す”って。その後、娘さんからお礼の電話が入ったの。私は何か失礼したのかと悩んだけど子供たちはただ『故人の遺志』を守っただけなのね。友人知人は知らされていないわけだから、後で香典を送った人が多いと思うわよ。みんなに、

手紙をつけて返したんだろうね。そうして、ため息まじりに言った。”香典ぐらいは受け取ってほしかったな、、”』。

 

頭の痛い話ですね。あたしなんか、健さんとおなじ病症を抱

えて、いつまた発症するか分からない立場にありますと考えこんでしまいます。で、私は密葬で分骨してお墓に収めて、残りの遺骨は思い出深い情熱を注いだ南方で散骨して、どんちゃん騒ぎをして送ってもらいたいな。密葬で誰にも知らせずひっそりと送ってほしい。香典などのお届けがあれば、お返しするのは失礼になるから倍返しで感謝の気持ちを現せ。


  イクひと 残るひと それぞれ大変だぁ ぐっさんハイ

作家サトウハチローの妹というよりご本人の「九十歳 何がめでたい」などの著者で歯に衣着せぬ執筆家として、また最近お疲れの気味の瀬戸内寂聴をしのぐ人気作家でもある佐藤愛子さんが例の「深夜便」に出演していました。司会者が忖度をしまくっていましたが佐藤節は健在でした。佐藤家は女史にいわせると、荒ぶる血という表現で、ひとくくりにしていましたが一筋縄ではいかなかったファミリーだったようです

 

な。若い頃は生きていくのに精一杯だったと述懐していまし

た。司会者が”先生は旭日小綬賞を受章なさいましたが”と切り出しましたら”あたしなんか野獣みたいでお受けするのような資格はありません”と受け流していました。”先生はお若くてとってもお元気で、生き生きとしていらっしゃいますが、なにか秘訣がありましたらお聞かせください”と大げさに質問していましたら、”90過ぎのおばあさんでそんな、

 

大げさなことではありません。化粧品は買ったことがありません。(化粧品が)切れそうになりますと、どなたかが持ってきてくださいます”。”健康には、なにか気をお遣いになっていますか?”。”いいえ、ものぐさですから何にもやったことはありません。体操するより寝ていたほうがいいぐらいですから。それから栄養や健康にいいという健康食品なども使ったことはありません”と健康食品信奉のひとが聞

 

いたら下を向くようなことを口にしていました。”老いに向かってなにかありませんか?”。考えるもヘチマもありません。今、生きていることに精一杯です”。”死に対する恐怖

は?”。”若いころはありましたけど長いこと生きていると慣れていきます。子供のころお腹がはち切れそうな妊婦をみると怖かった。でも自分がそうなるとなんともなかった。慣れとはそんなものです。死というものにも、ああ、もうすぐ

 

死ぬんだなと思うと自然に慣れてくる。年をとるとエネル

ギーがなくなってくる。足もヨレヨレになって。これ以上生きてると堪らんわと思うようになる。(質問者)”92歳の母が最近、分からなくなってきた。母をみていて痴呆とか孤独

ということを意識するようになった”。”先生のお考えは

?”。”ある意味、有難いこと、神さまがお考えになっていること。段々、目がみえなくなってお辛いでしょうね。簡単

 

に頑張ってともいえないし。でも各々ひとりで耐えなければならないから、、お辛いでしょうね(涙声になる)。”人生で大切にしていることは?”。”逃げない。来たことは闘う。これは私の性分に合っていると思っている。主人が2億円で倒産したときに同窓会の誘いがあった。そんなときに、

整体師が異常なコリを指摘したので事情を話した。すると整体師は同窓会に行けと言った。苦しいときに居座って戦った

ほうがあとで楽になると諭された。同窓会に出たことが夫の

 

借金とも向き合うことになりその後の生きざまに自信が出た。しかし整体師は私の性格とか環境を知ってアドバイス

をしてくれたことで万人には当てはまらない。今は平和な時代だ。あの時代に幸せなんて考えられなかった。闘っている最中は、そのことで一生懸命でそんな暇もない。人生に置き

換えてみると何にもないひとは幸せ感はない。でも、山あり谷あったひとはそれを乗り越えたときに幸せを感じる”。分かるなあ(ちょっと、おっさん軽々しく言わないの)。


 あたしゃ、ひとには言えないようなファミリーや旦那の乱

 行をかいくぐって作家先生として名声を高めてある方です

 から、さぞかし秘策を漏らされるのではないかと息を凝ら

 して聞き入っていましたが、当たり前の平凡な答えに終始

 した内容に肩透かしを食らったようでした。でも、自分に

 飛んで来る火の粉は知恵を絞りながら自分で対処するしか

 ないというのが先生の教えだったと思い直しました。

    佐藤先生 尊敬してます(ダメだ 軽すぎる

             おっさんだ) ぐっさんハイ