率直過ぎる感想を口にされた、その小さな家に使い道のわからない道具
やその他の無数の役に立たないモノが推積していて、それをきれいさっぱ
りに片付けたい。3つ目はこれまで苦労をかけた家族や、いろいろ心配し
てくれた友人をいたわりたい。まずは一緒に遊びそのひとの心配事に親
身になって付き合いたい。そうしてお世話になった社会へも恩返しをした
い。かの兼好法師も世俗で起こる諸々のことに付き合っていると”身の苦
しく心の暇もなく一生は雑事の小節にさへられて(妨げられて)空しく暮れ

ゆく”と言っている。1週間7日のうち1日を俗事に費やし残る6日を世俗
を超越して仙人のように暮らす「一俗六仙」が私の願いである。シニアラ
イフ、すなわち”日の残りて昏るるに来た遠し”の時期を有意義に過ごし、
はじめていい人生だったと言えると思う。最後になりましたが、これまで
私を支えていただいた社内外の多くの方々に、そうして妻や家族に感謝
の念を捧げて筆を置きます」。と、いいことずくめで最後は世辞のような、
言葉を口にしてフィニッシュされました。私如き小物がつべこべいえるよう

な立場ではありませんが、それにしても不沈艦と称された日本の代表的
な大企業の艦長としてフツーならありえない本家本元への復帰。しかしそ
こにはブランド名にしがみついた負け犬たちの姿。そのくせ大企業風を吹
かせ、いつか良くなるであろうと「ゆで蛙」のような集団。本家を追われ下
からの目線を実感し、中小の企業の親父としての目線の先の集団に慄然
とされたことでしょう。しかし決然と小さな企業で鍛えられた心身で血の小
便を垂らしながら骨の髄まで中小企業の悲哀、厳しさを体感した同志6人

が集結して、面子とか感情論を超越して問題の本質(芯)の根っこをワシ
掴みして、ただひたすら沈みかけた巨艦を再起させたんですからねえ。
本家でノウノウと神風が吹くのを口をあけながら待っていた、なにも専務
などの役員は重要会議からは排除された連中の面がみたいですな。横
並び、みんなで仲良くが文化のジパングでは考えられない決断を断行し
た川原さんにはひれ伏したい思いであります。と、ここでおしまいにならな
いのが出前本舗らしいところで、昨今、女性の幹部登用がファッションの

ようになっておりますが、このようなゾンビを相手に戦うような女性が出現
し、荒治療を受けて立つような人材が現れてこそ本当の 男女雇用機会
均等法の時代といえるのではないでしょうか。それに当節はなんでも「資
格」を手にすりゃ大丈夫という風潮があります。が、そりゃ間違いです。
川村さんのように、弱い立場に追いやられたことが「目線のワイド・感性
の鋭敏化」につながったんです。ヤング諸君、目先だけの安定や格好良
さにとらわれることなく未知の世界に飛び込んで「資格」を本物にすること
こそ肝心かと思いますがねえ。
   
   東芝それにシャープのみなさん  英知を結集して泥にまみれる
   覚悟で以前の輝きを取り戻してください 元電気屋 ぐっさんハイ

今、日立ではタフ・アサインメントと称して経営者予備軍を日立グループ
内の他社に派遣して鍛える仕組みを導入している。小さな企業であって
もそこで”自分がラストマン(最終責任者)だ”という気持ちで自らを鍛錬
することが重要だ。日立がすすめる「社会イノベーション事業もまだ緒に
就いたばかりだが楽しみなものを出てきた。例えば英国都市計画高速
鉄道計画では単に約9000両の車両を供給するだけでなく車両納入後
の保守、サービスを日立が受け持ち資金調達の枠組みつくりにも日立

が関与した。幅広い社会課題を解決するにはこうしたビジネスの仕組み
とのものの転換が必要だ。ここで趣味や孫娘のことなど暮らしについて
書いてみたい。私の趣味あるいは下手の横好きにスキー読書、小唄な
どがあるが、加えて山田洋次監督、渥美清さん主演の「男はつらいよ」
シリーズの大フアンである。83年夏公開されたヒロインが都はるみさん
の第31作「旅と女と寅次郎」を、たまたま見たのがきっかけで以来、最
終作の95年の第48作「寅次郎の花」まで欠かさず見てきた。セリフで

気に入っているのは第40作「寅次郎サラダ日記」に出てくる寅さんと、
吉岡秀隆さん演じる甥の満男との会話だ。”何のために勉強するのか
な”という質問に寅さんは、おおよそこんなふうに答えている。”生きてい
りゃいろんなことにぶつかる、そんなときにオレみてえに勉強していない
奴はサイコロの目で決めるよりしょうがないが勉強した奴は自分の頭で
道筋を立てて考えることができるんだ”と。寅さんは風が吹くまま気の向
くまま日本全国をふらつくフーテンだが、自分の意思で人生の方向付け

ができる人間の大切さ立派さをちゃんとわかっている。こんなところに
作品の深さがあると思う。寅さんのあの気風だと小唄も三味線も上手に
こなせそうに思えた。「学び」の大切さについても触れておこう。私の3人
目の孫は女の子でニューヨーク在住の米国籍。私の次男が父親で母親
は韓国系米国人。この子は英語しかしゃべれない。祖父母の私たちと、
ろくろく会話もできない。これは語学に限った話ではなくパソコン操作でも
グルフやスキーのようなスポーツでも同じだろう。私はこれらを全部、自分

流で、やりこなしてきたので基礎が覚束なく努力の割に上達が遅い。老
婆心ながら今の若い人には、しっかり基礎を固めて世界に羽ばたいて
欲しいと思う。最終回はシニアライフについて書いてみたい。シニアライ
フについて考えていることは3つある。まず、そのひとつは心身ともにくた
びれた自分を自分を癒すことだ。言ってみれば、こども時代に戻るよう
なものだ。2つ目は社会に出てから半世紀の間に溜まった「浮世の垢」
の洗濯だ。以前、取材にきた記者が”日立の会長なのに小さな家ですね
”と口にした。
   
   エリートで雲上人だとばかり偏見の目でみていた川村さんが
   フーテンの寅さんのファンだとは知りませんでした。七転八倒
   する川村さんを支え続けた奥さまのお顔を拝みたくなりました
                下働きだけの人生だった ぐっさんハイ
これを機に「事業の集中と選択」の方針にも弾みがついた。なかでも、
最大のものが三菱重工との火力発電設備事業の統合だ。日立製作所
という企業にとって歴史を画する転換点だった。日立製作所は売上高
10兆円近い巨大企業だが巨人さゆえに弱さやもろさも併せ持っている
日立には売上げ1兆円規模の社内カンパニーや子会社もあるが、その
トップは上場企業のように資金調達に苦しむこともなければ業績や成長
性に対して外部からの厳しい目でチェックされることもないので発想が、

どうしても内向きになる。こうした悪癖を是正するにはどうしたらいいか
そんな発想から「HITACHI IR DAY」だ。情報通信システム、インフラシ
ステム、鉄道システムといったカンパニーのトップが機関投資家や証券
アナリスト、メディアに事業の見通しや成長戦略、利益目標などを自分
の言葉で説明するのだ。09年、増資のためのIRで渡米した私は”なぜ
米国のGEは儲かっているのに日立は赤字なのか”と散々問い詰められ
た。このときの辛さや悔しさが私の経営改善のひとつの原点だが、それ

と同じことをカンパニートップにも経験してもらいたい。それが単なる計画
値から石にかじりついてでも達成しないといけないというコミットメント(必
達目標)に変わるのだ。それと自分の姿や行動を外から見るための「カ
メラ」を用意することも必要だ。自分はベストを尽くしているつもりでも株式
市場から高い評価を得るのも簡単でないしアナリストや投資家はこれで、
満足ということは決してない。社外取締役や投資家の発する辛口のコメン
トに私自身も少しめげた経験もある。だがこんなとき”あの連中はわかっ

ていない”と怒ってはいけない。多くの場合は組織の外から客観的に会社
を見ている彼らが正しいのだ。自分を会社の姿を正確に映し出すカメラを
持つことが健全な企業統合の出発点だと思う。日立製作所の会長を退こ
うと考え始めたのは13年の夏ごろだ。会長兼社長に戻ってから5年近く
になり会社も再建から成長の段階に移りつつあった。1991年3月期に
記録した過去最高益を11年3月期に純利益で更新し14年3月期での営
業利益の更新も見えてきた。年齢も74歳になり丁度、潮時だ。私は会社

の現状に満足していない。日立の個々のビジネスは、まだ弱い。世界展
開に出遅れているしダントツの技術や製品が少なく、それが収益格差と
して、はっきり表している。だがこうした課題の解決を含めて、あとは後進
に譲るのが妥当だろうと考えた。そうして14年4月に東原新社長が就任
し中西新会長と二人三脚で日立をけん引することとなり私は相談役に退
いた。川村、中西、東原の3人の共通点は一度、子会社のトップとして、
規模は小さくとも組織を引っ張った経験があることだ。
 
 子会社出身つまり弱い立場で経験を積む、これこそがリーダー
 としての第一条件とした川村さんは偉い!自分を常に緊張した
 環境に置く大切さを説いた川村さんは子会社からの凱旋者です  
            カメラ付きじゃ 悪さができない ぐっさんハイ