さくらが散るなんて縁起が悪い、なんて呟く方がいらっしゃるかもわかりま
せんが別の言い方をすれば転勤とか移動の季節なんですね。あたしが、
おしっこをなさる姿を想像もすることができない方が何人かあるなかで、
4月からそのお姿がテレビの画面から消えることになってがっかりしてい
ます。世の女性はディーン・フジオカや玉木 宏などが画面から消えると
不眠症になったり食欲不振に陥るというひとが続出する、、福山雅治が

所帯をもったときなんか「福山ロス」という流行語が入院していた病院で
もひそかに口にする女性もありましたな。今頃は三流雑誌が人気のでた
おのこをつけ狙って記事にしようと一生懸命なんでしょうな、いやな時代
になりました。さて前置きがながくなってしまいましたが、私が心ときめか
せた国谷裕子さん、ほらNHKの「クローズアップ現代」のキャスターです
よ、番組がはじまったころは、いつアウトになるか心配でハートを痛めて

いたそうですが、いまや働く女性のトップとして光り輝いてあります。そん
な彼女が23年も務めた番組をおやめになるんです。あたしゃ国谷さん
の流れるような流ちょうな英語を駆使しながら各国の要人と臆すること
なく堂々と渡り合ってある雄姿は頼もしいだけでなく、日本人ここにあり
という優越感にひたらせていただきました。とくに私のように英語がろく
にしゃべれないくせに出稼ぎをした者には余計に感激したものです。で

さくらが散ってからは放送時間が夜の7時半から10時になって、あたし
みたいに早寝する老人はみられなくなるじゃありませんか。番組を担当
する女性も7人の侍ならぬ7人のキャスターが取り組むんだそうですよ。
果たして国谷お姉さまのようにフリーの立場から堂々とモノをいってジャ
ーナリストの重みをだしながらスカッと爽やかな番組になるんでしょうか
(ちょっと、あなたみたいに、ご贔屓がやめたからといってフレッシュな、
女性にいちゃもんをつけるってえのはいじめじゃないの)。

     名画「禁じられた遊び」をエロ映画と思った ぐっさんハイ

*入院日記が暗い内容になりがちですから息抜きに、にやっと
  したり、けしからんという駄作を日曜日にお届けいたします
いよいよ本番がスタートしました、アッその前に担当医から説明がありま
したが、正直なところ心配でそれどころではありません、さあ、いよいよか
と思いましたら 薬剤師なる女性が現れて化学療法の施術マップなるもの
を手で示しながら如何に大変な治療なのか親切にダメ押しした上に副作
用が治療工程ごとに記載してある一覧表も渡された私はすっかり病人に
なってしまいました、それからですよ、死ぬかと思ったのは、とにかく幻覚
症状、耳障り、吐き気、不整脈、 不眠症などなど薬剤師が手渡した工程

表通りの現象(副作用)が次々に襲います、絶食状態が続いていました、
ので体力もありません、意識が薄れていく状態が何度かあり、その都度
かみさんのダミ声が聞こえてハッとしました、 しかし、なんですな、こんな
ことは、はじめてですがイクときは 気持ちがいいですね、かみさんが気
合いを入れてくれなかったら出前屋も廃業になるところでした、化学療法
は2回目ですが前回は摘出手術が主役でしたが今度は化学療法だけの
治療です、しかも駆け込むまえから、ろくに食事が取れない状態でした、

から最悪でした。そのうえ医師や薬剤師から丁寧に治療の厳しさを吹き
込まれ暗示にかかったように副作用に悩まされながら、やっとはじめての
化学療法だけの治療が終わりました、しかし医師が浮かない顔をして私
のところに来て”十二指腸に絡んでいた腫瘍の縺れは解消しましたが、肝
心の腫瘍はそのままの状態です”と意気消沈するような話に目のまえが真
っ暗になりました ”この治療は私には効かんとですか”とやけ気味に訊ね
ました”いえ今回は腹部が破裂する危険がありましたから絡んだ、腫瘍が

大きくならないように薬の投与の順序を変えた治療をやりましたから、今
回は腫瘍が大きくならなかったことを良しと思いましょう”と慰めるように言
います、そうして”1週間後に2度目の治療に入ります”と非情な宣告をされ
ました、私はすっかり自信を失い暗澹たる気持ちに なって、かみさんや看
護師さんに当たってしまい、気も滅入って日頃のやんちゃな思考が停止し
てしまいました 。そんなときです、担当医が現れて”あなたが闘う気力を失
ったら、いくら私たちが施術しょうとしても効果は半減します、聞けばあなた
はプールに行ったり社交ダンスをやっているそうですね、そういうことが、

免疫力を高めるだけでなく、やる気も出てきます、失礼ですが年の割には
元気な、あなただから話しているんです”とプライドをくすぐるような口調で
話をしてくれました、絶望の淵に立った私を心配そうに見守ってくれるかみ
さんやファミリーの姿をみて、なんとしても生きたい!という気持ちに火が
つきました、その様子をみていた担当医は間髪入れず”リハビリの先生を
よこしますから習ってみて下さい”と言ったかと思ったら、すぐトレーナーが
現れて指導していただきました、霧が晴れたわけではありませんが、孫み
たいな担当医の言葉でぐっさん流が復活しました。

        医師の言葉は重たくて深いものです ぐっさんハイ

*来週の月曜日にお目にかかりましょう
この病症が見つかった当初は リンパ腫つまり血液のガンではあるが、非
常にゆっくりと進行するタイプであり存命中は発症しないことも考えられる
と聞いていましたから急に入院だと言われてショックでした、僅か3年ちょ
っとで襟首をつかまれてしまいました。入院と聞いたら1日でも早くとは思
いましたが病院でテントを張って治療を受ける訳には いきませんから帰
宅して病院からの電話待ちということになりました、待つこと二日、病院か
らの電話は担当医ではなく病棟の責任者か らでした。”明日午前中に、

入院可能です、1階で入院手続きをして9階の北病棟に来て下さい”と短
く話をして切れました、かみさんが緊張した顔で聞いていました、予め準備
を していましたが不安な気持ちが高まります、翌朝、病院に行き手続きを
済ませて9階の病棟に向かいましたら、これから闘う病室に連行されました
9階病棟の受付の事務員が病室に案内してくれました、先輩のみなさんに
挨拶しょうとしましたが、 カーテンが閉まっていたり不在のようで奥のベット
に進みました、 かみさんと二人、腹部の痛みも忘れるほど不安が襲います

ほどなく担当の看護師が来て、 ”すぐ検査があります、院内で着用する服
に着替えてください”と言っ ているところへ若くて細身のダーク紺色の着衣
の男性が現れて”Hと言います、これから担当医として、お世話をします”
みたいなことを口にしました、 私は不安と恐怖で言われるまま なされる、
まま検査ラッシュに さらされることになりました 、縦から横から、あるいは
前後と よくまあ調べるところがあるものだと思えるぐらい検査した結果ど
うやら十二指腸をガン細胞が絡みついて食物が、ふん詰まり状態でそこ

が炎症を起こして一刻の猶予もない深刻な状態であることが知らされて、
万一に備えて外科医も、 症状を確認に来て大変な事態であることが慌た
だしい空気のなか察知させられました。私の病症はリンパ腫という体内を
血液の流れと共に迂回する腫瘍ですから外科施術と異なり抗がん剤を、
体内に投与して 腫瘍を死滅させるまで治療を継続するというもので最短
でも5ケ月は要するという苛酷なものです、6種類の抗がん剤の点滴から
スタートしました、いえ、その前に薬が効果的に体内に散布されるように

心臓の近くに人造のパイプ(カテーテルと呼称します )を通して化学療法
行う治療法で、その効果を高めるためにカテーテルを腕から挿入される
ときの痛さと緊張は、化学療法まえの難事でした。まともに挿入されても
痛いのに血管が細くて硬いため何度も行ったり来たりで生汗が出ました
そのころになると口から物を食べることは2週間近く 出来ませんでしたか
ら、ひょろひょろ状態でした。いつも思うのですが腹いっぱい食って闘おう
と思いますが、病気が発症ときは最悪の状態になったから発病するんで
すね。ここから地獄のような治療がスタートしました。
    
  不安と恐怖でいっぱいのとき かみさんの姿があると落ち着きます
                  無様な姿を見せっぱなしの ぐっさんハイ