アメリカの大統領選はクリントン女史とトランプ氏の一騎打ちとなりま
した。このご両者はそれぞれ脛に傷がある候補者で「最低に盛りあがら
ない大統領選」といわれています。それにしてもアメリカの大統領を決
めるまでのプロセスは目まいがするほど遠くて長い選挙戦なんですねえ
よほどタフで体力と気力を持ち備えていないと続けられませんね、事実
ブッシュ元大統領の弟をはじめ多くの4候補者が途中でギブアップしま
したものね。アメリカの選挙選の長さったら私が入院中から話題を提供

し続けていたんですからねえ。因みにそのころから原稿を書いていまし
たので、お目にかけたいと思います。アメリカの大統領選は民主党はク
リントン候補が大統領選に名乗りをあげました。、共和党はトランプ候
補が、あれよあれよという間に指名候補者のトップに躍り出て共和党の
幹部を慌てさせています。とうとう対立候補が撤退宣言をして共和党候
補はトランプ氏だけになり、ジパングでも、ああだこうだと騒がしくな
って参りました。なにしろトランプ氏はジパングの放言王として政界の

足を一応、洗った形になった橋下氏などが足元にも及ばないような過激
な発言を連発して支持者から喝采を浴びています。橋下氏は政界を中退
して民放のテレビに出演して世相を切りまくっています。口ばっかの評
論屋と違って実際に修羅場をくぐっただけに説得力がありますね。笑っ
たのは、吉本興業からスカウトされるかと思われた大泣きの兵庫県議の
センセは橋下氏の先輩で維新の会とは全く関係ないくせに、あたかも同
じ組織かのようなパフォーマンスでトップ当選したと苦笑していました

自称評論家の中は”いざとなったら竹やりで立ち向かう”とホザいたり
尾木ママ?のヘンに優しかったり、それにヒステリックに感情論で”反
対!”を叫ぶ田嶋センセなど片っ端から論破していく姿は大阪時代に修
羅場を突破した姿を体現していました。余談が長くなりましたがトラン
プ氏は”メキシコ人は麻薬など犯罪に繋がる弊害をもたらすとして国境
にフェンスを築く”とか、”イスラムからの入国を禁止”などプロの政
治屋が口にしたくても出来ないことを連発して、政治に関心のない素人

層まで支持を拡げています。にやっとしたのは”日本が攻撃を受けたら
アメリカは助けてなければならないがアメリカが攻撃されても日本は助
けてくれない”と日米安保の本質をツイていました。戦争法案と揶揄す
る諸君、そんな虫のいい条約で日本は平和を享受してきたんです。戦争
法案と叫ぶあなた憲法改正反対を声だかに主張す方々だって世界最強の
用心棒に守られて平和を享受してきたことは例外ではありませんぞ。ト
ランプ氏が大統領になって”アメリカが戦争したら、日本も一緒に戦っ
てくれ”と言ってきたらどうします?

  参院選からデビューするヤング諸君 海の向こうの動きも
  教材になるかも   若年層投票促進協議会 ぐっさんハイ
芸能界デビューのきっかけとなったNHKが、玉ねぎおばさんこと黒柳
徹子の自叙伝というかドラマ「「トットてれび」が終了しました。テレ
ビという電子紙芝居に登場する人物が多彩です。渥美清、坂本九、向田
邦子、沢村貞子、それに吉田剛太郎が扮する森繁久彌などぶっつけ本番
らしい慌ただしさのなかで森繁がトットちゃんに”1回どう?”と囁く
シーンも再現されました。もっとも森繁は黒柳だけでなく共演した女優
には”1回どう?”を連発、囁かれ実践に及んだという伝説があります

が、今みたいに三流誌やハイエナみたいな連中が嗅ぎまわるなんて野暮
な時代でなかった大らかな時代でしたからねえ。あら余計なことを口走
ってしまいましたが、黒柳おばさんの看板番組である「徹子の部屋」に
は多彩なゲストが出演しています。日本で初めての本格トーク番組とし
て、1976年2月2日にスタートした「徹子の部屋」は放送開始から40年目
に入り、司会の黒柳徹子さんがゲストをスタジオに招いて対談すると、
いうスタイルは昭和・平成を通して40年間変わらず、その出演者は延べ

10,000人を超えているんだそうです。さて、芸能界の大御所だった森繁
久彌の平助ぶりは有名でした。で、徹子お姉さまも”1回どう?”の被
害者になりかけたと自慢げに話していました。では、本人の口で語って
いただきましょう。”はじめてお会いした頃の森繁さんは40歳を過ぎた
ばかり、有名な”1回どう?”は当時から言われましたから半世紀以上も
続いたことになります。若い頃は意味がわからなくて、”なにを1回なん
だろう”と考えました。”たぶんキスのことかな”と思ったら、それを、

見透かすように、ある日”1回どう?”と言ったあとに”キスじゃありま
せんよ”とつけ足すんです。ああ、わかったと思って、こういう大人は気
をつけなきゃいけないと本気で警戒したんです(笑い)”。最後にお会い
したときもそうです。一緒に仕事が終わって外に出ると森繁さんが車の後
部座席にひとりで座っていました。私がドアの天井に手をかけて”どうし
たの?”と声をかけたら、私の腕をつかんで車の中に、ぐ~っと引っ張り
込んだんです。90歳を越えているとは思えないほど力強い力で。私が

”なあに?”と尋ねたら”ねえ1回どう?”って。”今度ね”と答えたら
”君ね、今度今度って、ずっと今度って言ってるよ”と物凄い力で手を握
るんです。”だってそうだもん”と答えたら”君がクシャクシャになった
ら僕、嫌だよ”とおっしゃるから”私だって嫌ですよ”と答えました(笑
い)”。それが森繁さんとのお別れになったんです。いやあ森繁の〇〇シ
リーズがBSの民放で演っていますが、淡路恵子や草笛光子、それに恐妻
役の久慈あさみなど若かりし頃の旬の女優と再会できるのも楽しみです。

  昔、悪ガキが”ばあちゃんいつまでナニが出来るんだい”と聞い
  たところ、ばあちゃんは黙って 火鉢の灰をかき回したんだとさ
           ”1回どう?”口だけ促進協議会 ぐっさんハイ
とうとう舛添センセの身勝手で厚かましい願いは政治の世界の許容範囲
を超えて只のひとに転落してしまいました。それにしても、しぶとい御
仁でした。貧乏学者のままでは銭にならないと思ったセンセは名誉と銭
が掴める政治の世界に身を投じました。この世界では声高に難解な言葉
を駆使しながらクセのある業界で擦り切れるぐらい機微を使い歯の浮く
ような言葉でその場その時で周辺を酔わせ支持を集めました。よせば、
よかったのに本まで出して錬金術に磨きをかけました。あとで物笑いに

なるともわからずに。政治学者と自認するだけに法の盲点も熟知してい
ました。もちろん「政治資金規正法」がスカスカのザル法であることも
承知していました。下着でも漫画の本でも屁理屈を言って蓄財に励みま
した。そうして政治の世界で成り上がっていきました。眉間にシワをつ
くりながら役人を叱り飛ばしていた作家都知事が大金をカバンに詰める
実演をやらされた前都知事のあとを受けて満を持して世間ウケしていた
舛添氏を週に2、3度しか都庁に顔を出さない元都知事の息子が、、。

ほら”最後は銭でしょ”と迷言を吐いた方ですよ。その方が旗振り役に
なってトップ当選しました。都民は甘い言葉を乱発して都庁のトップに
登り詰めた舛添氏のジッコー力に期待をしました。ところが、あにはか
らんや美術館や絵画の視察にうつつを抜かし、大名旅行三昧で公約だっ
た保育園などには目もくれず週末は家族同伴で圏外の別荘で政策立案と
足の治療のためという屁理屈で通いつめ、記者団の質問には”多摩地方
よりも近い”とのたもうて、その地域の行政からは辞めろコールが巻き

起きました。さすがに、まずいと思ったのか”別荘は売却する”とのた
もうた。運転日誌があるから、そんな愚行は必要ないと思うが、暴落す
るまえに処分するとあたしゃ勘繰った。さて今最大の疑惑、千葉のホテ
ルで密会したというX氏なる人物は二転三転した末の舛添氏の証言では
競馬のオーナーだったころからの友人だとマスコミが嗅ぎつけたものの
”政治家の信義にもとる”と明言を拒否。マスコミがいうにはX氏は、
すでに仏になっており仮にそのX氏が密会の主であったとしても”死人

に口なし”である。いやあ、勘繰れば勘繰るほど小悪党の私が舌を巻く
ほどの用意周到さ。追い詰められた舛添氏は都議や自民のエライさんの
説得を押しのけて涙ながらに”子どもたちが殺人予告までされている”
と口にし、”リオ五輪のあとに首を差し出す”と懇願したが舛添氏の顔
もみたくないという都民が99%、まるで北朝鮮のような圧倒的な不支
持の意思を突き付けられて只のひとになった。という上っ面の流れでは
終わらないところが舛添氏。彼の魂胆は、うやむやのまま疑惑の人物と
して首を切られたということで幕引きを狙っただけの話である。

   これは老兵の邪推であります 事実無根であることを
   今は亡きお母さんに捧げたい     ぐっさんハイ