NHKBSで『ゴジラ』を見てると、昭和は、まだまだ封建的で、政府から家庭まで権威主義的で、目上の人には従うしかなかった時代背景を思い出す。
「他人行儀」で検索すると。
他人に接する時のように、よそよそしくふるまうさま。
昭和初期の役者は『東京物語』の笠智衆さんのような一本調子な話し方で、目上の人への話し方は他人行儀に思える。
上司との距離感があって、まだまだ権威主義が残っている。
一本調子な話し方を聞いてると、敬意は感じるけど、否定はできないし、反論もできなくて、ただ従うしかない。
当時の教室でも、教師は絶対で、殴られたこともあったし、教師の教えも絶対で否定や疑問は有り得なかった。
「教科書は正しい」という時代だった。
教科書の書き換えなど考えたこともない。
一本調子は話し方を聞きながら、昭和は、そんな時代だったなぁ~。」と思い出す。
教科書を書き換える子を育てるという考え方は、先進国にしか有り得ない考え方で。
ハイテクは10年経つと時代遅れで、最新のものにしか価値がなく、未来を指向している先進国でしか「教科書を新しく更新する」という発想は生まれてこない。
映画『ゴジラ』を見ながら、昭和は、まだまだ[追いつけ追い越せ]という時代で、教科書は聖書のように従うべきものだった。
『ゴジラ』にでてくる教授は、当時の海外の学説こそが正しい答えで、目指すべき未来で、海外に追随することのみが正しかったのかも知れない。
日本の大学はイノベーションで敗北しているという危機感は、日本が先進国になったからで。
義務教育は基礎学力の習得で、もう覚えるしかない。
漢字の読み書きや九九を否定しても意味がない。
教科書が正しいのは、義務教育の段階で。
大学では、むしろ教科書を書き換える生徒を育てなければいけない。
そして!
そんなイノベーション能力がプロファイリングできれば、いよいよ日本も先進国と言えるのかも知れない。
テストは[追いつけ追い越せ]という発展途上国の考え方で、発展途上国には先進国という、目指すべき未来が存在するけど、最先端にいる先進国には、その先の未来は存在せず、空想し仮説を立てて、自分で作るしかない。
最先端にいて、答えのない先進国にはテストは有り得ず、プロファイリングしかない。
そんな時!
昭和の日本人は笠智衆さんのような一本調子な話し方をして、感受性や空想力を感じ取ることは困難でプロファイリングも難しい。
しかし!
今日の日本人は、楽器を演奏したり、歌を歌うと、感情表現が豊で感じ取ることは難しくなく。
生徒にプレゼンテーションさせても良いし、それが苦手な子には文章を書かせても良いし、生徒の[ひらめき]や理解力も分かりやすく、今日の日本人の豊かな表現力ならプロファイリングも可能かも知れない。
NHKBSで『ゴジラ』を見てると、昭和は、まだまだ封建的で、政府から家庭まで権威主義的で、目上の人には従うしかなかった時代背景を思い出す。
あの笠智衆さんのような、一本調子な話し方は無表情でしかなく、感情表現が下手で、あの無表情な話し方ではプロファイリングはできない。
一本調子は話し方を聞きながら、昭和は、そんな時代だったなぁ~。」と思い出す。
やはり昭和は総合力で劣っていたのかも知れない。
たしかに!
イノベーションでアメリカに敗北したけど、入試も進化して、これからは期待できるのかも知れない。