ボニーとクライドはルイジアナ州で警察隊によって射殺されている。一体何が、二人を、そうさせるのか分からない。
車を使って逃走するのも、犯行現場から離れていく。
そんな二人の、社会との距離感が異常だ‼
社会に近づいては犯罪を犯して、急いで現場から離れていく。
犯罪者には社会との距離感が必要なのか?
[距離感]でプロファイリングしても、おもしろいのかも知れない。
「持論」で検索すると。
時論とは、NHKの『時論公論』のように、ある時代において一般的な議論や世論を指します。
共通の課題がある時は議論は噛み合うけど、共通の課題ではないと、他人の意見には距離感があって、リアリティーを感じられない。
偏差値大学からイノベーションが生まれてこない一つの原因は、答えから考えていない。
答えから自論を組み立てていない。
その原因は!
日本では、生徒は出題者が指定した[正解]を探している。
正解は、そもそも生徒には必要性がないからで。
たとえ!
それが有名な学者の意見でも、生徒にとっては答えは必要性はなく、求めている結論ではないので、正解を見ても「なるほど!」「そうか!」とは感じられない。
いくら優れた意見でも、他人事でしかない。
しかし!
日本人の優れた学習能力は!
周囲を出し抜く主体的な発想ではなく、離れていくことではなく。
距離感の近さから感化されて「なるほど!」と自論化していくのが日本人の優れた点かも知れない。
学者にとっては、それは探している答えで、求めている答えで。
日本人は皆と違う思考ができない。
仲間外れが怖くてできない。
そして!
空気を読んでいるので、誰かが気付くと、そんな一瞬を見逃さない。
強い集団志向性を持っている。
自閉症児の中に理数系で才能を発揮する人がいるという。
欠点・欠陥からも才能は生まれている。
破壊があって創造があるように。
才能は二次的・二番目に表れてくる。
ラフマニノフは、すでに高い評価をされている音楽家だけど、彼の作曲したピアノ協奏曲は批判されて、精神が、おかしくなってしまった。
そんな精神状態から作曲した二番は絶賛されている。
ルノアールも批判され、まったく絵が売れない状態で描いた絵は、今日では最高の評価をされている。
極端な批判の中で、彼らは作曲したり、絵を描いている。
彼らは、そんな現実がイヤでブレイクスルーしていく。
才能は二次的・二番目に表れている。
才能には意外性があって、理解ではなく、体験すれば良いのかも知れない。
日本人は群れて飛ぶ鳥のように、周囲を出し抜く能力はないけど、変化には、一瞬で反応する。
[負の感情]でプロファイリングしても面白いのかも知れない。
暗号やインターネット、そしてベートーヴェンやユダヤ人のように、病気やホロコーストがあって、才能は[負の感情]の二次的・二番目に表れてくる。
そんな反対方向に振れる様子を教えると、日本人の群れるDNAが反応する。
とりあえず、ついていくと、そのうち分かる。
才能のように理解も説明もできないものはプロファイリングをすれば良い。
とりあえず、ついていくと・・・。
シンクロしてしまう日本人には容易なことかも知れない。
