イノベーションには、スティーブ・ジョブズのように周囲を出し抜く、自立や独立の方向性が必要なのかも知れない。
しかし!
日本人は組織からの独立や自立は怖くてスルーしてしまう。
離れていく独立や自立ではなく、違う方法があるのかも知れない。
王貞治物語や星野伸之物語というショートストーリーは、どうしても周辺の知識から書くことになって。
周辺の知識を付け足しながら、付け足した部分に新しい気付きや発見がある。
記憶も、何かと関連付けることで記憶力は増すように。
独立や自立とは反対に、二つのものを関連付けることで脳は機能している。
日本人のイノベーションは[あいまいさ]に可能性があるのかも知れない。
「あいまい」で検索すると。
1.「多義性」(英語: ambiguity)すなわち、1つの単語・文字列・表現などが2つ以上の意味にとれることをさす。
2.「ファジィ」すなわち、境界が不明瞭なことをさす。
英語で考えるとジグソーパズルで、日本語で考えるとクロスワードパズルのように空欄があって縦軸や横軸の言葉を関連付けて完成させていく。
王貞治や星野伸之は成功例で変なことをしている。
それは未完成で、完成させることで見えてくる。
クロスワードパズルには空欄があって、縦軸と横軸に正しい言葉を当てはめていかないと完成しないけど、日本語は[あいまい]で、2つ以上の意味にとれる多義性と境界が不明瞭なファジィで都合良く解釈して、都合良く変化することでクロスワードパズルは完成している!
現状維持では理解は進まないので、創作話で良いのかも知れない。
欧米人のように答えから考えるジグソーパズルと、あいまいな日本語に強味のあるクロスワードパズルの両方で考えれば良い。
常識人には、常識をブレイクスルーしていく発想もなければ、意志もない。
日本人は変化を望まないのかというと、そうでもない。
日本人の集団志向性は、理解できなくても、納得できなくても、必ず皆についていくDNAで、周囲の変化しそうな気配に、自分だけ置いていかれるのが怖くて、ついていこうとする。
日本人の変化は、二番目や二次的に表れてくる。
正解のあるテストは過去で、未来には正解などなくテストは有り得ない。
日本人は常識人が多く、現状維持を望んで、未来が苦手かというと、そうでもない。
「長嶋茂雄は数学だ!」
数学に必要なものは空想力かも知れない。
長嶋監督は、その時代の価値観で批判されてから、今日では期待されて人気は復活している。
長嶋監督の評価は逆転している。
長嶋茂雄が変わったのではなく、日本人の価値観の方が変化している。
暴力的な精神主義に魅力を感じられなくなってしまった。
振り子は極端に一方方向に振れて、傾きという[負のエネルギー]に耐えられなくて、一気に反対方向に振れている。
どうしても日本人の集団志向性は一方方向に行き過ぎてしまう。
日本人のイノベーションは、大きく揺れてしまう主体性のなさ(欠点)から生まれているのかも知れない。