K医療センター2日目
朝目覚めると 病棟にうつされることになっていて
とりあえず安定するまでは個室に入ることに

救急車でやってきて 検査 簡単な緊急手術 酸素カプセル と
慌ただしい時がすぎていったので
まさに浦島太郎状態。

K医療センターということはわかっていても
どうやって入ってきたのかどの辺にいるのか
全くわからなかった

ただ部屋がきれいだなぁ
のどが渇いたな
お腹減ったなぁ
っとぼぉーと考えてたなぁ

かみさんや父母がいつきてくれたのかは記憶にない
っていうか やっぱり この辺のことはほとんど覚えていない
ただ 結局 左足は切断されてしまうんだろうなぁ って変な覚悟だけあったことは
鮮明に覚えている

ということは その時覚悟していたのではなく
頭の中は切断のことでいっぱいで
他のことは何も考えられず
不安でいっぱいだったことになる

でもあまりにも日常と違う空間で 病気や怪我と
向き合うことを余儀なくされると
覚悟を決めなければならないと思ってしまうのかもしれない

そうあまりにも非日常的な暮らしに突入していくのである
麻酔なしで左足の人差し指切除し 整形してもらって
今日の治療は終わったと思ったら 甘かった

K医療センターに転院した一番の理由は
その整形技術によるものではなく
山口県の西部ではここにしかないという
高気圧酸素カプセルによる治療法が
あるからということ
左足の切断を回避するためにはこれしかない
という先の若い整形外科医が判断したためだ

なんともすばらすぃ!

ベッドのままカプセルのある6階まで連れていかれて
耳抜きの説明を受けて
カプセルの中にイン

海底25mと同等の圧力で たっぷりの酸素を浴び
90分横たわるだけ
自分では顕著な効果はわからないが
なんか元気になった気がした

これから60回以上のカプセル経験で
飛躍的な回復を見せるのだが
それは2ヶ月半後の事

とりあえず午後10時になっていたそうな
付き添ってくれていたかみさんも帰り
空腹とのどの渇きと
集中治療室のザワザワとした雰囲気で
眠れんわ~と思っているうちに、
転院1日目は終わっていた ふぅ
救急車にかみさんと 整形外科医のつきそいで
夕方 K医療センターへ転院

のんびりゆっくりしていた時間がいっきに動き出した

救急車のなかでもいろんなものつけられて
これなんのためのものですかぁ? って聞く余裕はあったけど
なんだか 事態が悪化していることは
理解できた

到着と同時に
のちの担当医となるU先生のお出迎え
こんな若い頼りなさそうな イケメン先生で大丈夫? って印象でしたが すんません先生

すぐに手術台みたいなところにのせられて
小便大丈夫ですか? って聞かれて
尿意はあったけど そんな態勢ではでるはずもなく
あとはまな板の上の鯉

CTやレントゲンなど検査を経て
集中治療室へ

そこで半分意識を失いながら
聞いてた医師団の話の中に
足の甲から とか 足首から
とか膝からとか

へんなもんで 抵抗感はなく
覚悟ができてしまう

きられるんやろうなぁ

なんて漠然と思ってると
なんか見知った顔がそこへ

大学のバスケ部の先輩が
ありゃりゃりゃ
こんなところで会いたくなかったよ~ って開口一番

ここにいらっしゃることは知ってはいたが
まさかこのタイミングで30年ぶりに
お会いするとは

何か運命めいたものを感じた

ラッキーだったような気がした

他の先生方にいろいろ聞いてくださったり
詳しく状況を説明してくださったり
他の先生方の 安易に切断から
なんとか残すかって感じになったのも
先輩のおかげではなかったかと思われるくらいだった

実際 寒気があるのを察知して
毛布を持ってきてくださったり
ヒーターを持ってきてくださったり

ほんと人のつながりの大切さを
まな板の鯉となったこのときでも
口をパクパクさせながら感じていた

このブログは 昨年のことを思いおこしながら書いているものです。
同じ過ちを繰り返さないように。

入院3日目の午後。
やっとのことで 皮膚科での診察

血液検査の結果が出ているらしい
うむ?
ドクターの表情がかたいぞ
看護師に何か指示

あへ?
看護師の動きがえらいはやいぞ

おもむろに包帯外され
足の甲あたりを
おもむろに
針でプスプスと刺し始めるドクター

そりゃあ確かに 足の感覚 なくって
痛くはないけど
そんなにささーでも
ってドクターの顔をみると
さっきよりもさらに固い表情で
というよりはかなり青ざめて 焦って
何やら看護師に指示

何やらどこかに電話してる
なんだよー 診察の途中で電話かよー
とぼーっとしていると
電話の会話の中に 針でプスプスとか
ガスが とか
色もかなり黒っぽいいろに変わってるとか
足の人差し指と同じ色してるとか

っておーい それおれのはなしやないかーい

すぐに自分の診察を後回しにして駆けつけてくれた若い
他の病院からきている整形外科の先生が
かなり焦っている感じで 私の足をみるなり

看護師に指示して道具を準備させ
おもむろに そうほんとおもむろに
私の左足の甲の部分を
麻酔もうたずに ちょっと痛いですよ
っていいながら
魚をおろすみたいに すっぱーっといっきに切り開き
中の腐った部分を取り出しはじめた

恐ろしいのはその行為自体ではなく
全然痛いとは感じず、 そして自分が至って冷静であったこと。
切り開かれている自分の足を冷静に見つめながら

あっ 大丈夫です 痛くありませんから そのまま切っちゃってください なんて
いっている このことがあと思い出しても怖いことだった。

そして ガス壊疽に侵されていることを
私に手短に説明し かなり年上の皮膚科の先生を一喝して
これを治療できるのはK医療センターいかにと言って
ふつうでは考えられない 横のつながりなどあろうはずもない
病院に転院する手はずを整えてくれて

自分のしんさつをするために部屋へもどり診察をし終えて
私が救急車に乗ってK医療センターへいくときに
ついてきてくださった。

あの若い整形外科医の普段の勉強 決断力によって
私の左足は人差し指1本の切断するだけで
奇跡的に形を残すことになった。

K医療センターの独特な治療法も左足を救ってくれたのだが、
まずその出会いをさせてくれた若い医師には どれだけ感謝しても
感謝したりない思いである。

運命の というか 驚きの というか ある意味ラッキーな
3日目がやってきた

そう突然に

午前中は眈々と過ぎた
朝ごはんの糖尿食もはじまり 食べるものがあまりないから
30年は飲んでいなかった牛乳を口にした。

よく牛乳飲んだら2分でトイレと 子供たちにはギャグで言っていたが、
後味や あの強烈な牛乳雑巾の臭いからかなり毛嫌いしていたのだ。
そう教育実習のときに飲んだ以来

入院してから いやその前からほとんど食べていなかったので
飲んでみたら以外と というかかなりうまい!
なんか甘みがあるやん って感じで噛むようにじっくり最後まで
しっかり飲んでしまった( ´ ▽ ` )ノ

まあ牛乳のはなしはこれくらいにしておこう

それで 恒例の抗生物質の点滴
これが マジかってくらい痛い
とにかく血管に針=10cmはあるんじゃねえか?ってくらいのものが
なかなか手にささらない

しょうがないから手の甲の静脈にブスリーってさす。
これが痛いのなんのって!

で痛いのにも慣れ うとうとしてたら おこされて
なんかの検査→昼食

糖尿食なのであっという間にたいらげ
ってことは食欲もどってきてる
午後の診察待ち

ってことで長くなったので今日はこのへんで