◆2026(令和8)年4月25日(土) 晴

 三菱オートギャラリー(MAG)は、三菱自動車工業(株)岡崎製作所の敷地に1989年(平成元年)に開設され、国内初の量産乗用車「三菱A型」を試作してから百周年を迎えた2017年(平成29年)にリニューアルされました。
 無料で見学できるので、かねてより探訪あいちで訪れてみたいと考えていたのですが、通常は土日は休館日で、平日(工場稼働日)にしか開館していません。今回、特別開館日として4月25日(土)に見学できることとなりました。
 早速見学の予約して、探訪あいちを企画しました。

 集合場所の大高緑地公園は濃いピンク色のツツジがきれいに咲いていて、花の季節が来たと感じます。
 午前8時30分、8人でスタート。現地までは、旧東海道経由で行きます。
 旧東海道を初めて走る方が見えましたので、見所スポットを紹介しながらの走行としました。

 名古屋第二環状自動車道(名二環)の高架脇に2012年(平成24年)に復元されたのが、有松一里塚です。
 有松の古い町並みを走り抜け、豊明市の阿野一里塚へ。

 一里塚は、慶長9年(1604年)、徳川家康の命により、江戸日本橋を基点に街道の両側に一里(約4km)ごとに設けられました。塚の上には榎や松が目印に植えられました。
 愛知県内の東海道には18か所の一里塚がありましたが、江戸時代のものが残るのは名古屋市の笠寺、豊明市の阿野、知立市の来迎寺(らいこうじ)、岡崎市の大平、豊橋市の一里山の5か所です。現在も道の両側に塚が残っているのは阿野と来迎寺の2か所のみです。全国でも珍しく、阿野一里塚は国指定史跡になっています。
 私たちのほかにも、東海道ウォーカーらしき人もいました。

 交通量の多い国道1号の脇にある境橋を渡ります。橋下を流れるのは境川。その名のとおり、この川は尾張国と三河国の境界を流れています。現在の豊明市と刈谷市の市境にもなっています。近くには伊勢湾岸自動車道や名鉄豊明駅、敷島製パン刈谷工場などがあります。
 境川は、全国各地にあり、例えば東京都と神奈川県を流れて相模湾へ注ぐ境川も、武蔵国と相模国の境界を成すことに由来します。

 知立公園・知立神社にてトイレ休憩。
 公園には菖蒲園があります。来月になれば、きれいに咲くことでしょう。

 国道1号を潜る地下道を自転車を押して通過します。
 ここから旧東海道の知立の松並木が500mほど続きます。松並木は旅人にとっては夏は日差しを遮り、冬は防風防寒の役目を果たしたと考えられ、旧街道の象徴でした。その姿が往時を思わせます。愛知県指定文化財(天然記念物)に指定されています。
 この後も断片的に松並木があります。

 来迎寺一里塚には松が植えられ、北塚は原型を残していますが、南塚は一部改造されています。愛知県の指定文化財に指定されています。北塚の前に公民館が建っているのが景観を損ねていて少し残念です。

 安城市に入ってしばらく走ったところに永安寺の雲竜の松があります。
 通常、松の主幹は直上して伸びるものですが、このクロマツの主幹は高さ1.5mぐらいのところから枝張りが横方向に広がって伸びています。その樹形が雲を得てまさに天に昇ろうとする竜を思わせるので、「雲竜の松」と称されています。樹齢は350年見当とされています。

 熊野神社・尾崎児童遊園に公衆トイレがあるので、ここで休憩。
 尾崎一里塚跡の石碑、鎌倉街道跡の説明板があります。

 国道1号に合流する手前で左折。路地裏のような細い道を進むと、三菱自動車工業岡崎製作所に到着です。

 見学時間は午前11時から。すでにほかの見学者の方々も集まっていました。
 受付で、はがき大の銀色の袋をいただきました。
 「中に当たりのカードが入っていたら、何か景品がもらえます」
 8人の中で、白のトレックさんにラリーアートのTシャツが当たりました。

 三菱オートギャラリーに入館すると、女性職員の方から「三菱の自動車のはじまり」「時代を駆け抜けた車たち」「極限に挑戦した車たち」の3つのゾーンで構成されていることなどの説明があり、その後、自由見学となります。

 順路の最初に出迎えてくれるのが三菱A型です。
 展示解説板によると、「我国初の量産乗用車として1917年(大正6年)に製作。当時の先進国ヨーロッパ車を参考に、三菱造船(株)神戸造船所で1921年(大正10年)迄に試作を含め30台製作。(展示車は当時の資料をもとに1972年復元。)」とあります。その姿はトヨダAA型とよく似ています。
 その横には「シルバーピジョン」というオートバイ(スクーター)が展示されていました。三菱は二輪車も製造販売していたのですね。車名は平和の象徴であるハトにちなみ、1946年(昭和21年)から1964年(昭和39年)まで製造されていたそうです。
 「三菱・みずしま」は、新三菱重工業水島製作所が太平洋戦争終戦後に初めて生産したオート三輪型ピックアップトラックです。運転席が車内の中央にあり、オートバイのようなハンドルバーとまたがるシートになっています。自動車とオートバイが合体したような造りといえるでしょう。
 その隣には三菱の「レオ」。オート三輪というと、ダイハツ「ミゼット」が有名ですが、レオもよく似た形です。

 私たちサイクリストにとって注目すべきは、「三菱十字号」です。
 戦後まもなく登場した自転車「三菱十字号」は、敗戦で航空機製造を禁止された旧三菱重工業が、ゼロ戦などの残材だったジュラルミンをフレーム素材に使用した自転車です。1947年(昭和22年)に津製作所で製造されました。
 リベット打ちで接合されたクロス型フレームが特徴的です。
 余談ですが、シマノの「Dura-Ace(デュラエース)」は、ジュラルミン(Duralumin)という素材、Durability(デュラビリティ=耐久性)と、さらに「世界で一番に」という思いを込めた「Ace」に由来しています。当初は「ジュラエース」とも言われていました。
 さらに余談ですが、大安の西川さんが今日乗ってみえた「MAEDA」に付いているDURA-ACEのトリプルクランクは、今では入手困難な代物です。

 三菱の黄金時代のラリーカーであるランサーやパジェロ、そしてコルト、ギャラン、GTO、デボネアなどの乗用車などが展示され、懐かしい思いにさせられました。

 最近、公道では、デリカ、アウトランダー、デリカミニ、ekワゴンぐらいしか三菱の車を見かけなくなったのは残念です。
 男性職員の方が、今はデリカとデリカミニが人気だと言っていました。デリカはトヨタのヴォクシーなどに比べてアウトドア的要素が強いことで支持があり、また、デリカミニは軽自動車なのに300万円もするのですが、久々の人気商品になったそうです。

 昔の四方山話ですが、私が現役の時、三菱自動車工業労働組合に用があって、ここ岡崎製作所に公用車で来たことがあります。
 入口の守衛に、
 「他社の車ですね。あちらに停めてください」
と言われ、入口から遠い場所の駐車場を案内されました。
 メーカーで駐車場が分けられるとは!
 30年たった今でも、記憶から消えない出来事です。
 今日は、他社の車も近くの駐車場に停まっていましたので、そんなことはなくなったようですが。

 見学後はランチです。最初に「中華料理 天伸」に行ったのですが、予約でいっぱいで30分以上待たないといけないとのこと。店を変え、「上海菜館 喜福家」に行ってみると、こちらも混雑していたものの、運良く8人分の席が取れました。
 店員は皆、中国の人です。大陸の方か台湾の方かわかりませんが。
 私は醤油ラーメンとカレー炒飯のラーメンセットを注文。出てきた現物を見てびっくり。とにかく量が多いのです。一般的に中華のランチセットだと、ラーメン+半チャーハンですが、ここは2品ともフルサイズの量。しかも価格は880円とリーズナブル。普通なら、どちらか一つでもこれぐらいの値段はします。味も平均以上だと思います。ガッツリ食べたい人には、ありがたいお店です。
 私は食べきれず、炒飯を半分近く残してしまいました。このまま残飯ゴミになってしまうのはもったいないので、店員さんに「持って帰りたいので、サランラップか何かもらえないでしょうか」とお願いしました。
 すると、持ち帰り用のパックとレジ袋をくれたのです。このサービスに嬉しくなりました。

 満腹になった後、三菱自動車研修センターの奥の公園に行きました。ここに小針1号古墳があります。
 壬申の乱に敗れた大友皇子が秘かに三河に逃れてきたのち、この地で崩じ葬られたという伝承がある古墳です。埴輪をもつ前方後円墳でしたが、今は「後円」部のみになっています。フェンスで囲まれているので、墳丘に登ることはできません。
 宮内庁が治定している大友皇子の陵墓は滋賀県大津市にありますので、大友皇子が葬られたというのは、あくまでも伝承なのでしょう。

 帰路も旧東海道を走ります。追い風なので往路より楽にペダルが回せます。

 知立神社参道の旧東海道沿いにある小松屋本家で一服します。
 ここは知立名物あんまきの元祖の店です。小松屋の先祖が明治22年(1889年)頃、焼き菓子の「二つ折り」の中に餡を入れてみたところ、東海道を往来する人々に大変評判が良かったことから始まったと言われています。
 餡は黒あんと白あんがあり、どちらも1個200円です。冷凍アイスあんまきもありました。
 手焼きのあんまきには、「知立名物 小松屋本家」か知立市のゆるキャラ「ちりゅっぴ」の焼印が押されています。
 餡は甘ったるくなく、いい塩梅で美味しいです。個人的には、メジャーな藤田屋よりここの方が好きです。
 西川きよしさんや杏さん(渡辺謙さんの娘)、いろいろな芸能人も来店されており、店内には写真やサイン色紙が飾られていました。
 店内にもベンチがあり、腰かけて食べることができます。
 ちょっと気になるのが、外に「鉄砲」と書いてある看板があること。銃とか弾薬を売っているのでしょうか。店内にはそれらしき物は見当たらなかったのですが‥‥‥
 店の前には昔ながらの丸形ポストもあり、歴史を感じさせる雰囲気を醸し出しています。

 最後に立ち寄ったのが豊明市の桶狭間古戦場伝説地。
 とよあけ桶狭間ガイドボランティアの方が、桶狭間合戦での今川義元軍と織田信長軍の行軍ルートや戦いの状況をガイドしてくださいました。
 戦国武将の今川義元は歴戦を勝ち越え、勢力を拡大した軍略家でしたが、桶狭間の戦いで少数の織田信長軍に敗れました。10倍ともいわれる大軍を率いる中で備えに微妙な隙が生まれ、結果として手薄になった本陣を一気に攻め落とされました。わずかな気の緩みか油断があったかもしれません。織田信長の作戦勝ちの面もあったでしょう。歴史を学ぶことは、今を生きる私たちにとって未来への指針となります。

 予定より若干遅く、大高緑地公園にゴール。
 本日の参加者は、50代後半2人、60代後半2人、70代4人のロートル軍団でした。
 なかでも、赤いヘルプマークを身に付けて、初めて探訪あいちにご参加いただいた松井さん、ありがとうございました。作家の五木寛之氏は「70代こそ、新しいことに挑戦する適期」と語っています。これからもご自分のペースで自転車を楽しんでください。そして、愛知県サイクリング協会のイベントにも参加してください。

【サイクリングコース】
大高緑地公園(午前8時30分)⇒ 旧東海道 ⇒ 阿野一里塚 ⇒ 知立神社 ⇒ 知立松並木 ⇒ 来迎寺一里塚 ⇒ 永安寺・雲龍の松 ⇒ 尾崎一里塚跡 ⇒ 三菱オートギャラリー〔見学〕 ⇒ ランチ〔上海菜館 喜福家〕⇒ 小針1号古墳 ⇒ <折り返し・往路と同じ> ⇒ 桶狭間古戦場伝説地 ⇒ 大高緑地公園・解散(午後3時45分)
走行距離:46km
所要時間:7時間15分

【参加者】
のださん、白のトレックさん、大安の西川さん、所さん、YOSHIさん、松井秀明さん、鉄のGIOSさん、幹事(まつぼっクリ) 計8人


★当日の写真は、愛知県サイクリング協会のホームページ➔「フォトギャラリー」➔「探訪あいち2026」➔「4月25日(土) 三菱オートギャラリー」を御覧ください。

https://x.gd/RclMP

https://hasirenai.com/photo-index2026.html