◆2026(令和8)年4月12日(日) 晴

 集合場所の近鉄富田駅までは輪行で行きました。通常なら名鉄で名古屋駅まで行って近鉄に乗り換えます。しかし、混雑した名古屋駅を輪行袋を担いで移動するのは嫌なものです。1時間10分ほどかかりますが、自宅から国道1号を近鉄蟹江駅まで自走しました。

 8時10分発の急行伊勢中川行きに乗車し、8時29分、近鉄富田駅着。東口改札を出ると、すでに大安の西川さんがいました。
 その後、皆さん到着し、集合時間前に全員が揃いました。輪行の方、車の方、半々ぐらいだったでしょうか。
 9時5分スタート。北上し、最初の訪問地へ。

<川越電力館・テラ46>
 「テラ」はラテン語で「地球」の意味。「46」は地球誕生から46億年を表しています。
 人と地球の共生と未来をテーマとした参加体験型の施設です。外観は四角いビルの中に地球儀が挟まったような形をしています。入口は3階で、6階までがエネルギーや地球環境問題について楽しく学べる展示物やシアターとなっています。日曜日とあって、多くの子供達が来館していました。
 最上階の7階は360°の展望サロンになっていて、眺めがいいです。川越火力発電所の施設を始め、遠く鈴鹿山系や伊勢湾が望めます。
 エレベーターで1階に降り、屋外にある伊勢湾ジオランドへ。東海三県の地形にいろいろな名所が案内された公園になっています。御在所岳、恵那山、茶臼山、伊勢神宮、渥美半島などを模していて、疑似小旅行ができる感じです。

 ここからは四日市港の沿岸沿いを走ります。すぐ右側の国道23号(名四国道)には、大型トラックやダンプカーがひっきりなしに走っていますが、こちらはほとんど車が通ることなく、安心です。と言うのも、橋を渡る際に国道の歩道を行くとき以外は、緑地公園内を走るからです。

<霞ヶ浦緑地>
 左手に三重県で一番高い四日市港ポートビルが見えます。霞大橋アンダーパスを潜ると、四日市ドームや野球場、テニスコートなどがある霞ヶ浦緑地に入ります。海岸線に沿った南北に長い公園で、「ロングビーチ通り」の標識がありました。四日市市とアメリカ・カリフォルニア州ロングビーチ市との姉妹都市提携を記念して名付けられたものです。名前はカッコいいですが、砂浜のビーチはなく、コンビナートが見えるのが少々気分を損ねます。しかし、海岸沿いを走るのは気持ちがいいですし、見える海も以外ときれいです。

<稲葉翁記念公園>
 四日市港は1899年(明治32年)に開港場に指定され、国際貿易港としてスタートしました。1873年(明治6年)から廻船問屋の稲葉三右衛門が私財を投げ打って11年に及ぶ大規模な改修工事を行うことで近代港湾として発展する基礎を築きました。
 稲葉翁記念公園は、四日市湊を修築して近代港湾への基礎を築いた稲葉三右衛門を偲ぶ公園です。

<ボードウォーク>
 四日市港はコンビナートが隣接するなど工業港としての性格が強いですが、近年の工場夜景ブームで神奈川県の川崎港と並びその景観に人気が生まれ、観光資源にもなりつつあります。
 その夜景クルーズの発着場にあるのがボードウォークです。ここから様々な船を眺めることができます。またその背後には海の生き物たちが描かれた壁画もあります。地元高校生の手により1996年(平成8年)に完成しました。

<臨港橋>
 臨港橋は、四日市港の千歳(ちとせ)運河に架けられた道路用の可動橋(跳ね上げ橋)です。船舶が通るときは遮断機で車の通行を止め、中央部の橋桁を油圧ジャッキで約70度押し上げて開きます。初代は1932年(昭和7年)に竣工し、現在の橋は1991年(平成3年)に完成した3代目です。
 鉄道の踏切と同じような信号機と遮断機が橋の両端にあるのが面白い。航行する船舶はほとんどないので、実際に跳ね上がったところが見れるのは稀でしょう。
 なお、道路用の跳ね上げ橋は神奈川県や兵庫県などにもあります。

<末広橋梁>
 臨港橋から北側に見えるのが末広橋梁です。こちらは跳開式可動鉄道橋梁で、1931年(昭和6年)に竣工しました。全長58メートル、五連の桁からなり、中央部16メートルの橋桁がワイヤーで引き上げられ、80度ほど跳ね上がる仕組みです。この日は橋は下がった状態でした。もしかしたら、列車が通過したあとなのか、それともこれから通過するのかも知れません。
 鉄道可動橋としては現役で稼働している唯一のもので、1998年(平成10年)に国の重要文化財に指定されました。
 なお、可動しませんが、現存する鉄道可動橋としては、名古屋港跳上橋があります。

 鉄道用と道路用の跳ね上げ橋が同じ川に並行して存在するのは、全国でもここだけなので、唯一無二の景観と言えましょう。

<昼食>
 近鉄四日市駅に近い諏訪商店街に向かいます。
 中華料理「一楽」にてランチ。商店街の中では人気ある飲食店で、入店待ちのお客さんがいました。8人でしたので、2階の円卓付きの座敷に案内してもらいました。
 6人が「牛スタミナ定食」、2人が「若鶏のピリ辛定食」を注文。いずれも税込み990円。量もあって味も悪くありませんし、昨今の物価高のご時世で、千円でおつりが来るのはお得ではないでしょうか。

<東海道四日市宿資料館>
 四日市には、東海道五十三次の43番目の宿場がありました。
 旧東海道沿いの白い洋館風の建物が東海道四日市宿資料館です。元々は耳鼻咽喉科の福生医院を改修して、2019年(令和元年)に開館しました。東京都に福生市(ふっさし)という市がありますが、この名字の「福生」は「ふくお」と読むそうです。当館は、その福生氏のご厚意により無償で借りているとのこと。
 スリッパに履き替え、入館カードに一人一人が記載します。さほど広くはないので、一度に入れるのは10人までとされています。

 語り部ボランティアの年配の男性と女性が展示品を丁寧に説明してくださいました。
 「十里の渡しをご存じですか?」
 宮宿から桑名宿までの「七里の渡し」は有名ですが、その先の四日市宿まで結んでいたのが「十里の渡し」です。江戸時代の四日市にも海路の湊町の顔があったのです。
 熱田・四日市間の十里の渡し(約39キロ)は、熱田・桑名間の七里の渡し(約27キロ)よりも距離が延びますが、運賃は僅かに高くなるだけで、時間的には桑名・四日市間を歩くよりも早かったようです。
 熱田・四日市間は、佐屋路(佐屋街道)を含めて3ルートあったことを初めて知りました。
 「船旅だと何時間もかかったと思うんですけど、トイレはどうしていたのでしょうか?」と質問。
 ボランティア男性は「東海道中膝栗毛では、弥次さん喜多さんは熱田の宮の渡しから桑名まで船で渡ったとき、竹の筒を使って海に直接流していたようですよ」と教えてくれました。やはり、直接海に排泄していたと考えられます。

 出入口近くに設置された飛脚の衣装と箱が目を引きます。江戸と大阪を月に三度行き来する「三度定飛脚」の出で立ちだそうです。「三度笠」はここから来ています。飛脚箱の中を見ると、書状を入れる引き出しが3つ付いていました。実際に飛脚箱を持たせてもらうこともできました。
 「結構重たい。ロードバイクぐらいの重さくらいかな」
 これを担いで走るのですから、当時の飛脚は強靱な体力と走力の持ち主だったと想像できます。江戸から京都までの距離は500キロ弱ですが、一人で全行程を走るのではなく、駅伝のように宿場ごとにリレー方式で繋いでいました。

 駕籠(かご)は、人が乗る座席部分を1本の長い棒につるし、複数の人間がその棒を前後から担いで運ぶ乗物です。展示されていた権門駕籠(けんもんかご)は、大名の家臣が主君の用事で他家へ行く時に乗ったものとのこと。

 東海道の旅で使用された折りたたみ式の提灯、革製の財布、キセルとその入れ物、筆記用具として使われた筆と墨の入れ物などは、実際に触れることができました。
 ボランティアの方から質問。「キセル乗車はご存じですか?」
 キセルは細い棒状で内部が空洞になっており、両端は金属で、そのあいだの部分は竹など金属以外の素材です。キセル乗車は、この構造にかけて、「両端の区間だけ運賃(お金)を払い、中間は運賃を払わない」という不正乗車のことです。
 「今はICカードになったので、キセルはできなくなりましたよね」
 今の若い人はキセル乗車を知らないかもしれません。

 また、三重県はかつては「伊勢国」「伊賀国」「志摩国」に分かれていましたが、その大きな地図が貼られていました。四日市の被害も載っている嘉永7(1854)年の大地震の瓦版は本物だそうです。どれもほとんど現存しない貴重な品です。

 三重発祥の企業と言えば、岡田屋呉服店、かつてのジャスコ、現在のイオン(現在は千葉県が本社)です。その岡田屋(OKストアー)の昭和30年代のチラシもありました。スバル360が当たると記載されていて、興味深いものです。ボランティアのお話によると、スバル360は36万円ほどしましたので、当時の初任給(19,000円ぐらい)の1年半分以上に相当するものでした。

 そのほか、黒電話、手回しの洗濯機、タイプラーター、ホーロー看板などなど、そして2階には、D51の車両ナンバープレート、紙芝居の箱、「昔日の四日市」写真、懐かしい昭和の玩具や道具、館長の趣味だという絵馬などがありました。
 東海道に関する資料だけでなく、明治から昭和時代以前の多種多様な資料や展示品が所狭しと並んでいて、興味津々で見学できました。

 1時間を超える見学を終え、ボランティアの方から「今日はこんなにたくさんの方に来ていただき、本当に感謝します」と、来館記念の粗品をいただきました。丁寧な説明や解説をしていただき、こちらこそありがとうございました。

 資料館で教えていただいた四日市宿陣屋跡(四日市代官所跡)に行ってみました。今は中部西小学校になっています。校門の横に説明板が整備されていて、当時はここが四日市の中枢であったことが分かるスポットです。
 なが餅で有名な笹井屋にも寄りました。創業450年以上という老舗で、江戸時代から東海道を歩く旅人にも人気だったお店です。桑名から伊勢までの伊勢街道は「餅街道」とも呼ばれ、安永餅、けいらん、赤福餅など、形態・材質の異なる多種多様な名物餅が生まれました。

 帰路は旧東海道を走ります。
 三ツ谷一里塚跡、海蔵川堤の桜並木と十四川の桜並木に寄りましたが、ほとんど葉桜となっていました。もう1週間早ければ、ソメイヨシノが埋め尽くす四日市の桜の名所を走り抜けることができたでしょう。

 ほぼ予定の時間に、無事故で近鉄富田駅に戻ることができました。皆様のご協力に感謝いたします。

【サイクリングコース】
近鉄富田駅(午前9時05分)⇒ 福崎橋 ⇒ 川越電力館・テラ46 ⇒ 朝明大橋 ⇒ 富州原橋 ⇒ 富双緑地 ⇒ 浜園公園 ⇒ 霞大橋アンダーパス ⇒ 霞ヶ浦緑地 ⇒ 霞ヶ浦パークブリッジ ⇒ 大正橋 ⇒ 稲葉翁記念公園 ⇒ ボードウォーク ⇒ 臨港橋 ⇒ 末広橋梁 ⇒ 相生橋 ⇒ 諏訪公園 ⇒ ランチ〔中華料理 一楽〕⇒ 東海道の道標 ⇒ 四日市宿資料館 ⇒ 旧東海道 ⇒ 近鉄富田駅・解散(午後2時40分)
走行距離:28km
所要時間:5時間35分

【参加者】
ノノガキさん、本田智久さん、大安の西川さん、白のトレックさん、稲葉栄二さん、のださん、Da-noさん、幹事(まつぼっクリ) 計8人

★当日の写真は、愛知県サイクリング協会のホームページ➔「フォトギャラリー」➔「探訪あいち2026」➔「4月12日(日) 四日市ベイエリアサイクリング」を御覧ください。

https://x.gd/WTW1G
 

https://hasirenai.com/photo-index2026.html