◆2026(令和8)年3月7日(土) 晴
名古屋市のあるこの地域は、『中京』とも呼ばれます。これは、明治時代に東京市(現在の東京都区部)と京都市という二つの都の中間に位置していたことに由来します。
名古屋は、観光資源に乏しいとされ、インバウンドにも取り残されていると言われています。確かに、東京や京都のように、名の通ったテーマパークや観光地は少ないかも知れません。しかし、以外と隠れた見どころはあるものです。
今回の探訪あいちは、名古屋市の都心にある比較的マイナーなスポットを巡ります。
本日の見学場所はすべて無料です。
名古屋の魅力を再発見していただければと思います。
熱田神宮公園に集まったのは、ロードバイク2台、ブロンプトン2台、シクロクロス1台、Eバイク1台の計6台です。
堀川沿いの道を北上します。気温は平年並みですが、北西の風が強く、体感温度は寒いです。
<①二葉亭四迷幼年時代宅跡>
松重橋東交差点を右折してすぐ左折したところにある喫茶タマキ。ここに「二葉亭四迷幼年時代宅跡」の説明板が立っています。小説『浮雲』で有名な二葉亭四迷は、本名を長谷川辰之助といい、文久4年(1864年)に尾張藩の軽輩の子として江戸で生まれました。5歳の時、現在の中区松原にあった母の実家に入り、明治5年(1872年)に再び東京に戻るまでの3年あまりをこの地で過ごしました。
明治の文豪の幼少期が名古屋にあったとは、初耳でした。
<②松原緑地のクスノキ>
少し北に移動すると、松原緑地です。ここにあるクスノキの巨木は、幹の真ん中が空洞になっています。昭和20年(1945年)3月の名古屋空襲でえぐられてしまったのです。しかし、ひこばえ(樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと)がうっそうと葉を茂らせており、その生命力に驚きを禁じ得ません。樹齢千年ともいわれ、弘法大師がお手植えした樹、織田信長が桶狭間の戦いに向かうときに戦勝祈願をした樹という伝説もあります。保護のため柵で囲まれていて近づくことはできませんが、とても立派で偉容が感じられます。
<③那古野山古墳>
名古屋の中心地、大須商店街の中に古墳があることを知っている人は少ないのではないでしょうか。
那古野山(なごややまorなごのやま)古墳は5世紀半ばに築造された前方後円墳ですが、前方部は消失し、現在は直径約22m、高さ約3mの円墳状の墳丘が残っています。古墳に登る階段や散策道が整えられています。
公園内北側の石垣壁には、古墳の由来や大須地域の歴史や祭り、古い地図を使った年表が示されたパネルが設置されています。また、大須で古くから知られる名水「柳下水(りゅうかすい)」の井戸を再現したモニュメントもあります。
<④三輪神社>
大須商店街の北側、みそカツの矢場とんの近くにある三輪神社。かつてここに尾張藩の矢場がありました。矢場は、弓を射る所、弓術のけいこ場のことです。この矢場が、「矢場町」という地名の由来となりました。
神話「因幡の白兎」で有名な「うさぎ」の石造もあります、「幸せのなでうさぎ」「福兎」との名称で、なでることで幸福が頂けるといわれています。絵馬もウサギの形です。SNSやテレビで紹介された影響で、若い女性が大勢いました。私たち年配者には少し場違いのような雰囲気です。
<⑤久屋大通庭園フラリエ>
久屋大通公園の最南端に位置する庭園が久屋大通庭園フラリエです。花や緑、水辺などのガーデンが整備され、カフェ、レストラン、フラワーショップなどもあり、名古屋のど真ん中で自然を感じることができる庭園となっています。
この日は結婚式が行われるようで、庭園に教壇と白い椅子が並べられていました。
「フラリエ」という名称は「ふらり」と「フラワー」、「アトリエ」を組み合わせたものです。
<⑥名古屋刀剣博物館前の三英傑の像>
若宮大通(100m道路)と本町通との交差点角に、2024年5月にオープンした「名古屋刀剣博物館(名古屋刀剣ワールド)」があります。
本日は入館しませんが、館内には、200振の日本刀や50領の甲冑、350挺の鉄砲、150点の浮世絵など、重要文化財・重要美術品の数々が展示されており、1,200円の入館料に見合った内容になっています。武将や歴史ファンにはぜひ訪れて欲しい場所です。
その入口前に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑の銅像が設置されています。それぞれが象徴的な甲冑(鎧兜)を身に付け、日本刀を掲げた勇壮な合戦の姿です。中央の織田信長は騎馬像で、その左右に豊臣秀吉と徳川家康が集い、ともに天下統一を志していた時代の一場面にも見えます。天下人となった三英傑が揃う銅像はめずらしいのではないでしょうか。歴史的にはあり得ないようなシーンが、現代において実現したかのようです。
<⑦朝日神社>
プリンセス通を北上すると、名古屋一の歓楽街『錦三』に朝日神社が鎮座しています。昭和20年(1945年)の名古屋大空襲で社殿は焼失しましたが、文化6年(1809年)に建てられ、天保12年(1841年)に現在の姿に直した「透垣(すいがい)」が戦火を免れて、その姿をとどめています。透垣(蕃塀(ばんぺい)とも言います)は、尾張地方に多い神前目隠し塀のことで、道の向かい側にあった尾張藩牢屋からの目隠しのためのものと伝わっています。国登録有形文化財に登録されています。
<⑧宗春ポスト>
朝日神社の少し北側、錦通と呉服町通の角に、ひときわ輝く金色の丸形ポストがあります。ポストの上には涼しげな顔の徳川宗春像が乗っていて、ポストの頭には牛をイメージした耳と角がついています。宗春は八代将軍徳川吉宗と同時代の尾張藩第七代藩主で、積極的な商業政策や芸能文化の保護で名古屋の発展の礎を築きました。長いキセルがトレードマークで、牛に乗って街を見回ったという逸話が残っていることから、このような形になっているとのこと。
残念ながらキセルは盗まれたのか壊されたのか、宗春の手にありませんでした。歓楽街なので、酔っ払いにいたずらされたのかも知れません。昨年4月の新聞記事によると、2010年(平成22年)に設置されて以来、100回以上の破損被害を受け、修理が続けられてきたとのこと。
名古屋市内には5つの丸形ポストが残っており、これはそのうちの一つ。当初は赤色でしたが、名古屋城の金鯱から金色に塗り替えられたそうです。「日本の繁華街にある珍しい丸形ポスト」とされます。
ポストには「ご利用できます。どうぞ ご投函ください」と書かれています。
このポストに投函すれば、金運が上がるかも?
<⑨オオカンザクラの並木道>
北上し、桜通を東進します。自転車通行帯があるので走りやすいです。
桜通泉二丁目を左折すると、オオカンザクラの並木道が始まります。毎年名古屋市内でいち早く花見ができる名所となっていて、この日は見事に満開でした。たくさんの人が散策したり、写真を撮ったりしていました。
昭和36年(1961年)春、「名古屋で一番早く咲く桜を植えていただきたい」という地元の希望で、当初16本の苗木が植えられ、現在では全長約1.4キロメートルの沿道に約130本の桜が並木道をつくっています。
淡紅色の桜は、オオカンザクラ(大寒桜)で、濃い紅紫色の桜は、カンヒザクラ(寒緋桜)です。
<⑩文化のみち二葉館>
オオカンザクラの並木道で、ひときわ目立つオレンジ色の洋風屋根の建物が、文化のみち二葉館です。日本初の女優と謳われた川上貞奴と、電力王と称された福沢桃介が、大正から昭和初期にかけて暮らしていた邸宅を移築・復元したものです。
ここは有料施設なので、建物の前で集合写真を撮るだけとします。
<⑪武家屋敷長屋門> 白のトレックさん案内
白のトレックさんの案内で、当初計画になかった武家屋敷長屋門を訪れます。
江戸時代、名古屋城の東にあたる白壁町、主税町(ちからまち)、橦木町(しゅもくちょう)は、中級武士の中級武士の屋敷が並んでいました。主税町長屋門は典型的な武家屋敷門です。この門についている出格子付番所(武者窓)は、来訪者を確認するための窓で、武家屋敷のみに許された様式だそう。
<⑫昼食>
午前11時を過ぎました。少し早いですが、ランチにします。
味噌煮込みうどんやきしめんの名店「川井屋本店」。大正10年創業の歴史ある人気店です。
ちょうど、6人掛けテーブルが空いていたので、ほどなく座れました。
看板商品の味噌煮込みうどんを注文する方が多かったですが、私は以前食べたことがあったので、親子丼にしてみました。やさしい甘みのある出汁で、鶏肉もたくさん載っていてボリュームがあり、とても美味しかったです。今どき、これで970円ならお値打ちです。
ちなみに私は、山本屋本店や山本屋総本家の味噌煮込みうどんより、川井屋のそれの方が好きです。
昼食を終えて外に出てビックリ。20人以上の行列ができていました。早く入店してよかった!
<⑬旧豊田佐助邸>
文化のみちの一角にある、白いタイル張りの木造の洋館が旧豊田佐助邸です。
豊田佐助は、発明王・豊田佐吉の弟で佐吉を支えた実業家です。
東区文化のみちボランティアガイドの方に案内してもらいました。個人で漫然と見学するよりも歴史や背景がよく理解できます。
豊田佐助邸は、大正12年(1923年)、関東大震災の直後に建てられたため、耐震構造がしっかりしています。
洋館の1階には、蓮の蕾の形の照明、吊元の装飾、吉祥の鶴と亀、そして「と・よ・だ」の文字をデザインした換気口が見られます。中でも目を引くのが応接室の角にあるステレオです。なんとトヨタブランド。製造したのはトヨタグループのアイシンですが、トヨタのHi-Fiステレオがあったとは、知りませんでした。
洋館2階は和室になっていて、それを囲む廊下から外は洋風の造りという、和洋折衷な感じです。
洋館の西側に広い間取りの和館があり、襖絵や欄間、波形無双蓮子、左右に開閉できる小障子を組み込んだ猫間障子などが見られます。
洋館と和館が続いた構造になっているのは、桑名の六華苑と同じです。
説明の中で初めて知ったのが、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠さん。名古屋市出身で、すぐ近くの山吹小学校を卒業したそうです。また、社名を「豊田」からカタカナの「トヨタ」にしたのは、画数が8画で縁起が良いからだそう。余談ですが、Jリーグ「名古屋グランパスエイト」の「エイト」には名古屋市の市章だけでなく、「トヨタ」の意味もさりげなく込められているのです。
<⑭カトリック主税町教会> 白のトレックさん案内
1887年(明治20年)に設立された名古屋で最も古いカトリック教会です。十字架が乗った三角屋根が屋根瓦で覆われていて和洋折衷の建物です。登録有形文化財になっています。
<⑮名古屋市市政資料館>
遠くからでもパッと目を惹かれる、赤い煉瓦と白の花崗岩を組み合わせた外観の建物が見えてきました。名古屋市市政資料館です。
このネオ・バロック様式の建物は、もともとは大正11年(1922年)に名古屋控訴院および地方裁判所、区裁判所として建設されました。名古屋高等・地方裁判所が中区三の丸に移転したあとは、平成元年(1989年)から公文書の保存・収集・公開を行う名古屋市の公文書館として使用されています。
歴史的文化価値が高く、建物は国の重要文化財に指定されています。
大理石造りの中央階段とステンドグラス、法廷や会議室など、荘厳な雰囲気を無料で味わうことができます。重厚な美しさからたびたび映画やドラマのロケ地として利用されました。直近ではNHKの朝ドラ『虎に翼』の撮影で使用されました。
見どころは地下の留置場。独房と雑居房が当時まま残されています。こんな所には入りたくないですね。
この日は中央階段で結婚式の前撮りをしているカップルが2組いました。
<⑯3939 SURF&SNOW> 白のトレックさん案内
サーファーとスノーボーダーのためのプロショップ。ミラノ・コルティナ冬季オリンピックに出場した木俣椋真選手を始め多くのスノーボーダーの選手が、この店でスノーボードを調達したそうです。
<⑰普光寺 北大仏> 白のトレックさん案内
北区大杉町にある普光寺(ふこうじ)。白のトレックさんの地元です。
ゴールドに輝く釈迦如来像が『北大佛』。7mぐらいの高さがあるそうで、立派なものです。愛知県には、名古屋大仏、布袋大仏、聚楽園大仏などなど、ド派手な大仏が多いですね。
<⑱久国寺(岡本太郎歓喜の鐘)>
北区の久国寺には、あの岡本太郎が製作した梵鐘「歓喜の鐘」があります。
鐘の上半分には無数の角が突き出していて、1970年(昭和45年)の大阪万博に登場した「太陽の搭」をイメージさせます。鐘の下半分には瞑想する仏、動物、魚、妖怪などが描かれています。そして、しっかりと「TARO」の銘が入ってます。
さらに、コンクリート造形作家、浅野祥雲の護国観音像も建っていて、芸術のお寺の感があります。
<⑲解脱寺> 白のトレックさん案内
松尾芭蕉がここ解脱寺で句会を開き、「粟稗に 貧しくもあらず 草の庵」という句を残しました。その句碑「粟稗塚(あわひえづか)」が残されています。
門が閉まっていて近づくことはできませんが、白のトレックさんによると、インターホンで申し出ると境内に入って見学できるそうです。
<⑳金城市場>
北区清水まで北上すると、味のある赤錆びたトタンの外壁が目を引く「金城市場」にたどり着きます。
昭和30年(1955年)に開業した私設市場は、『ALWAYS 三丁目の夕日』の映画セットそのままの世界です。内部は一見倉庫のようなガランとした空間に、むき出しになった柱や梁、床のコンクリート土間、合板を張り合わせたような什器とレトロな看板などが残っています。
市場としての役割は終えてしまいましたが、今は朝市や夜市、古本市、ファッションショー、展覧会開催などのイベントが行われる賑わいの場として蘇っています。
この日は、「平野屋精肉店」だった店舗でクラフトビール店「yeasters(イースターズ)」が営業していました。つくさんはクラフト缶ビールを購入していました。
<㉑ネックスプラザ>
北区役所の北、名古屋高速道路黒川インターの真下にネックスプラザがあります。
正式名称は「名古屋高速道路広報資料センター」。名古屋高速道路の建設工程や東山トンネルの構造の模型展示や、高速道路で見かける看板やETCゲートなどの実物が展示されています。「NEX号で走ろう!!」は、自分で高速道路を設計し走行できるシミュレーションで、子供達に人気のコーナーです。
今まで北上してきましたが、ここから折り返して南下します。
IGアリーナ、名古屋城、ナゴヤキャッスルホテルの前を通り、堀川沿いを進みます。
<㉒堀川ギャラリー>
広小路通と堀川が交差する納屋橋のたもとにある旧加藤商会ビル。この建物は、昭和6年頃に貿易商を営む加藤商会の本社ビルとして建てられ、戦前はシャム国(現在のタイ)の領事館の役割も果たしていました。
平成13年(2001年)4月に国の登録有形文化財に登録されました。
このレトロな建物が修復されて、地上部分はタイ料理レストラン「サイアムガーデン」に、地下1階は「堀川ギャラリー」に生まれ変わりました。
堀川ギャラリーは、堀川でのイベント等の情報の集積・発信や、堀川をテーマとした作品や研究成果を展示するスペースとして活用されています。
堀川等に関する絵画や写真など作品の展示会・展覧会を無料で開催することができ、この日は名古屋のデザイン学校の展示会が開かれていました。
参加者から「こんな場所があったとは、初めて知りました」。
私自身、加藤商会ビル自体は知っていましたが、その地下に堀川ギャラリーがあることはサイクリング中、信号待ちで立ち止まった際に、たまたま発見したものです。車だと分からなかったに違いありません。自転車だからこそ出会えたと言えましょう。
ここで、白のトレックさんが離脱。プラスアルファの案内ありがとうございました。また、つくさんも日置橋付近でお別れ。
熱田神宮公園には4人がゴール。
短い距離でしたが、訪問か所がてんこ盛りで時間がかかりました。
参加された皆さん、名古屋の再発見ができましたでしょうか。一つでも二つでも、印象に残るスポットがあれば、心のハードディスクに書き込みしていただければ幸いです。
【サイクリングコース】
熱田神宮公園(午前8時45分)⇒ 二葉亭四迷幼年時代宅跡 ⇒ 松原緑地 ⇒ 那古野山古墳 ⇒ 三輪神社 ⇒ 久屋大通庭園フラリエ ⇒ 名古屋刀剣博物館前の三英傑像 ⇒ 朝日神社 ⇒ 宗春ポスト ⇒ オオカンザクラの並木道 ⇒ 文化のみち二葉館 ⇒ 武家屋敷長屋門 ⇒ ランチ〔川井屋〕 ⇒ 旧豊田佐助邸 ⇒ カトリック主税町教会 ⇒ 名古屋市市政資料館 ⇒ 3939 SURF&SNOW ⇒ 普光寺北大仏 ⇒ 久国寺(岡本太郎歓喜の鐘)⇒ 解脱寺 ⇒ 金城市場 ⇒ ネックスプラザ ⇒ 堀川ギャラリー ⇒ 熱田神宮公園・解散(午後3時25分)
走行距離:23km
所要時間:7時間40分
【参加者】
稲葉栄二さん、大安の西川さん、トミカワさん、つくさん、白のトレックさん、幹事(まつぼっクリ) 計6人
★当日の写真は、愛知県サイクリング協会のホームページ➔「フォトギャラリー」➔「探訪あいち2026」➔「3月7日(土) 名古屋まちなかポタリング」を御覧ください。
https://x.gd/fAi73
https://hasirenai.com/photo-index2026.html