先週土曜日は岐阜県、郡上八幡の宗祇水を訪れました。
山間を縫って走る東海北陸自動車道を郡上八幡ICで降ります。こんな山深いところに、時間の流れから取り残されたような街並みがありました。街を見守るように山の上には天守を抱くお城が建ち、細い路地の両脇に当時の店構えを模した小さな商店が並んでいます。
小径を歩くと、清流長良川の小さな支流に架けられた橋のたもとの御堂から、澄んだ水が流れ出ていました。観光客達は備え付けの柄杓で透き通った流れを汲み、のどを潤します。私もマグカップで一杯いただきました。蒸し器の中にいるような一日に水分を奪われ、この一杯は瞬く間に体中に染み渡ります。
通りには大きな提灯が、少し強めの風に揺られています。
宗祇水
昭和の名水百選 40/100
文明3年(1471)連歌の宗匠・飯尾宗祇が郡上の領主である東常縁から古今伝授を受けて京へ戻るとき、当時の2大歌人であるふたりが、この泉のほとりで歌を詠み交わしました。
「もみじ葉の 流るるたつた白雲の 花のみよし野思ひ忘るな 常縁」
「三年ごし 心をつくす思ひ川 春立つ沢に湧き出づるかな 宗祇」
惜しむ別れを清泉に託した2首の和歌が残されています。


