一晩かけて、むぎちゃんはきっとミルクが飲めない子なんだと、認めたくはないけれど理解した。
消化器官がまだ未発達のまま生まれてしまったとか医学的に詳細な原因はわからないけれど、実際に飲めないことは分かった。飲みたいとか飲みたくないとかの問題じゃなくて、必ず飲まなければ生き残れないのに。子猫用の哺乳瓶なんだから口に入れば条件反射で吸い付くはずなのに、そうしない。しつこく追っても嫌がるだけ。ペットシーツごと持ちあげて授乳をしていたから、吸えなくてもわずかに染み出てむぎちゃんの口からこぼれたミルクが、ペットシーツにいくつものシミを作っている。新しいペットシーツに交換した。
最初は怖いと思っていたむぎちゃんを、私は素手でも触れるようになっていた。飲めないからあまりミルクを無理強いすることはなくなったけれど、積極的に触って皮膚刺激を与えてあげたほうがいいんだよね?眠っているのか、じっと横たわっているむぎちゃん。背中側は黒一色だけれど、おなかには猫らしいシマシマの模様があるのが見てとれる。赤みの強い小さな指には透けるような薄い爪がついている。長いしっぽの先端は急にカクンと曲がっているから「かぎしっぽ」なんだろうね。
体が小さすぎるから人差し指一本でなでられ、指先からはコトコトと小さな背骨の感触が伝わってくる。せっかく無事に生まれてきたんだから、次はどんどんミルクを飲んでプクプクコロコロとした赤ちゃんらしい姿に成長していくはずなのにね。
夜間になんだか体が冷たくなってきているように思えて、お湯を入れた瓶の簡易カイロではなくミニサイズの使い捨てカイロに変えた。今度は暑過ぎないかと掌にのせてみるけれど、私の体温よりも少し低いように思える。カイロの位置を調整し、箱にふたをしてエアコンの冷気が直に影響しないよう調節する。
家族にむぎちゃんを託して、夏季休暇前最後の出勤。むぎちゃんが大変な状況だからといって休めるわけがない。「早く帰ってくるから、元気でいなさいよ」と伝えた。こんなにかわいいむぎちゃんに、もうしてあげられることは何もないのか?
職場でも朝の挨拶の直後に、むぎちゃんの様子を尋ねられる。
「ほぼ飲めない」
私のその一言から状況を察して、根掘り葉掘りの質問を控えてくれる。すでに獣医の先生から助言をもらっているのだし、こうなっては誰も何の手だても持ってはいない。保護してからの一部始終を、簡潔に伝えた。
「その獣医さん、本当に優しい人だね」誰もが肯定できる発言で、会話が締めくくられる。みんな、気を使わせちゃって、ごめんなさい。
ミルクを飲めないという状態は誰のせいでもなく偶然発生してしまった事柄。だから親が見放して庭に倒れていたことも、いたしかたない自然の成り行き。そのまま衰弱死するのを見過ごせずに保護した私が、そうあるべき自然を無視したおせっかいな行為をとった張本人だ。ならばおせっかいついでに、夏休み期間全部かけて、むぎちゃんが生きる可能性をあきらめずに探ってみようか。
ずっと一緒にいたむぎちゃんとしばらく離れてみて、弱気に偏りがちだった考えは再び勢いを取り戻してきた。
「あとはなんとかなるから、うさぎは帰っていいよ」と言われて早めの帰宅も叶った。スマホに家族からの連絡はないから、むぎちゃんの命にかかわる事態には至っていないのだろう。困窮する一方に思えた状況に、追い風が吹いてきているのかもしれない。
