リトルと小鳥 | おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

ハイシニア柴犬介護記録です。
1年3カ月の闘病期間を含め、いつでも家族みんなで笑いながら過ごした、柴犬「わんこさん」との16年と8カ月の生活。
悲喜こもごもあったけど、トータルしてとっても幸せだった日々のおはなしです。

犬と一緒に過ごす生活って、いいね。

私が子供の頃に飼っていた最初の犬「リトル」は、やっぱりわんこさんと同様に、お庭で暮らす犬だった。学校から帰宅後に散歩をして、その後おやつを渡すその時だけ、家の中に一緒に入った。散歩中は私と並んで歩いたり走ったりしていたリトルだけれど、家の中に入れたら玄関から先には足を踏み入れなかった。見たことはなくても音をたどって、おやつのありかは分かっていたはずだけど、大好きなおやつが待ち遠しくてソワソワしていたけれど、家に入ったら私の後を追ってくるなんてことはなかった。「待て」の指示を忘れた時でもいつでも、きちんと玄関で待っていた。ここから先は自分は入らないのだと、決めていたようだった。

 

自分の立場を分かっていて、ルールは遵守。そんな律儀な性格のリトルが一度だけ、勝手に家の中に入ってしまったことがあった。

犬は猫のように爪がしまえないから、床を歩くとカチャカチャと爪音がするはずだと思うのに、そっとそっと足音を忍ばせて家の中にあがっていた。おそらく最初から行こうと決めていて、私の目の離れた瞬間からまっしぐらにそこに向かったのだろうと思う。いつもと同じように散歩後のおやつを渡そうとして、玄関にいるはずのリトルがいなくてびっくりした私は、隣の部屋の窓辺に下げたトリカゴの下で、リトルを見つけた。いつの間にそんな移動をしたのかと驚くほど素早い行動だったと記憶している。

 

そのトリカゴには、おばあちゃんの家から保護されてきたインコがいた。おばあちゃんの家では、当時も今もネコちゃんを何匹も飼っている。そのネコちゃんの一人がある日、インコを捕獲して帰ったのだという。噛み殺されてしまう前に救出され、たぶん動物病院で入院治療を受けて羽の傷も癒えたインコだけれど、飼い主が見つからなかった。「羽にカットの跡があるこんな子が野生のわけがない。チラシを作ったり地域放送もした、市の広報誌にも情報を載せたんだけどなあ」と叔父は困り顔で話していた。きれいな黄緑色のそのインコはネコちゃんを見る度に怯えて暴れるので、かわいそうだから預かってほしいと頼まれたのだった。

リトルはきっと、インコがやって来たのを庭から窓越しに見つけていたんだろうね。真下に佇み、じっとトリカゴを見上げていた。犬とインコを近づけていいのか分からなかったけれど、私はリトルを抱き上げて、もっと近くで見せてあげた。昔のことすぎて、インコが怖がって暴れたのかどうかは覚えていないけれど、リトルの方は優しい目をしてインコを見つめていた。微笑んで慈しむような、穏やかに優しい表情だった。ハッとするほど美しいその横顔は忘れられずに、今でもはっきり覚えている。

いつもは上がらないはずの家の中にリトルがあがってしまったこと、つまりはルール違反をしてしまった事実を、私はリトルと二人だけの秘密にしようと、リトルをつないだ後に、大急ぎで床掃除。誰にも見つからないうちにと焦りながらも、抜け毛を見逃さないよう丁寧に雑巾をかけた。証拠隠滅は完璧にできたと思っていた。

 

そんな風にもみ消したはずのトリカゴ事件、後にも先にもたった一度のリトルの粗相だと思っていたのに、実は違ったみたい。

もう時効だと思い、母に思い出話をしたら、「ああ、リトルはトリカゴ、よく見にあがっていたよね」と母も知っていました。しかも常習だったみたい。

「クウクウって、優しい声を出して、リトルは本当に小さい生き物が好きだったよ」と、母の前ではいつでもおおっぴらに小鳥鑑賞を楽しんでいたようです。誰に教えられたわけでもないのに、自分より小さな生き物を愛おしみ労わる優しい心を持っていた。

…ってことは、「うさぎは小鳥を見に行った後に過剰な反応をするから、うさぎと一緒の時はもう小鳥を見に行くのはやめておこう」って、私はリトルに気を遣ってもらっていたのかな?あの頃はそんなこと、気づけなかったくらいに幼かった私。リトルに慈しみの目で見られていたのは、インコも私も同じだったかもしれない、と改めて思い返したのでした。

 


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