アラームなしで起きた。たぶん、バッタみたいに跳ね上がった。3時も、4時も。鳴ったはずのアラームを、スルーして眠り続けてしまった。いつも起きる時刻の、わずかに前。
急ぎすぎるあまり、足をもつれさせながら階段を駆け降りて。見ただけで、分かった。それでも、わんこさんがすっぽりかぶっている毛布をめくって、一縷の望みにかける。けど、その望みも断たれた。かすかにおなかを上下させる、穏やかな呼吸も、なかった。
今までずっと、当たり前に続けていた呼吸を、わんこさんはもう止めてしまっていた。重苦しい後悔。今までのどんな寝過ごしよりも、悔やまれる。
そっとなでた体は、まだ暖かさを残していた。
息のないわんこさんの体を、このまま温め続けてはいけない。私はとっさにヒーターのスイッチに手を伸ばす。加湿器も止めた。そして、起きだしていた家族のもとに走り、
「わんこさんが、わんこさんが、息をしていないよう。」
子供みたいに、伝える。そして再びわんこさんの元へ駆け戻る。わんこさんを囲んで、そっとなでて、にじむ涙をぬぐって。私たちはどれだけの間、そうしていただろう。
「ごめんね、もう出かけなくちゃ。わんこさん、仕事に行ってくるね。」
家族の声に、我に返る。そう、仕事。わんこさんはきっと、仕事を休んでほしいなんて思っていない。仕事に行かなくてはいけない。そう思った。今日一日だけがんばれば、明日はお休みなのだから、がんばって行ってこなくちゃいけない。
「4時過ぎて、すぐだったよ。だんだん弱くなった呼吸が、ついになくなったの。」
憔悴しきった顔の母が、ポツリと言った。
よかった、わんこさんは母に見送られて旅立ったのだ。一人で逝ったのではなかった。付けっぱなしのヒーターで、私はわんこさんは誰にも看取られず一人で旅立ったのかと早合点したけれど、母が見送ってくれていた。本当に、よかった。お母さん、ありがとう。
「息がなくなったからって、すぐにヒーターを切って、寒々としたところに寝かせておく気になれなくってね。」そう言っていた。あれは、母なりの優しさだったんだね。
3時と4時の2回セットしたアラーム。そのどちらかで起きていれば、間に合ったのに。少し胸が痛んだ。
最期に立ち会えなくて残念だったけれど、それがわんこさんが決めたお別れの方法。きっと私が無理なお願いをし続けたからなんだ。
「わんこさん、逝かないで。私を残していなくなっちゃ、いやだよ。もう一度元気になって、またお散歩に行こう。」
私はたぶん、願いすぎた。期待に応えるためいつもがんばってくれたわんこさん、守れない約束ならはじめから聞かないでおこう、と思ったのかもしれない。もう叶えることのできない約束なのに、聞き分けなく願い続ける私を見るのが辛かったのかな?ごめんね、わんこさん。でもね、私、どのお願いも全部、最後まであきらめきれなかったよ。
慣れた朝の準備は、悲しさの中でも手早く整う。
テレビの天気予報は、この時期にありえないほどの今日の急激な気温上昇を伝えている。気温21℃。確かに、暖かすぎる風がビュウビュウと吹きすさぶ、おかしな天気。
出勤する私を見送りながら、母が聞く。
「やっぱり、行くのか?『わんこさんに何かあったら、仕事なんて行かない。休みが許可されないんだったら、辞めたっていい。』って、いつも言っていたのに。」
そう、私はいつも、そう言っていた。けれど休んだら、わんこさんは喜ばないと分かっている。それなら、仕事に行かなくては。
「わんこさんのこと考えて、失敗しないように。気を引き締めて、しっかりね。」
わんこさんが旅立ったから、そう言っているんだろうけど。わんこさんの具合が悪くなってからずっと、お母さん、毎朝同じことを言っていたよ。そう言ってる私も、もう動かなくなったわんこさんに、いつもと同じように「いってきます」ってあいさつしてるんだけどね。
いつもと同じセリフなのに、今朝ははじめて迎える、わんこさんの旅立ったあとの朝。それでも同じように、一日が始まる。強い風の中、私は仕事に向かった。
