10月に入り。日中はまだ少し暑いですが、夜には半袖1枚では肌寒く、カーディガンが必要になる。過ごしやすく快適な季節。
夜のお散歩は、夜風が気持ちいい。夜の10時ともなれば住宅街は人通りも車通りもほとんどなく、勝手知った近所の道をわんこさんと二人、貸し切りの状態で歩けます。
近所をぐるっと一周してくる深夜の散歩コース。帰りの半周はわんこさんの歩く速度は格段に落ちますが、励ましながら進むことができました。
もうエアコンの季節ではないので、あちらこちらのおうちの窓が開いていて、テレビの音が漏れ聞こえているので、あんまり大きな声で話すのははばかられますが。
「わんこさん、実はね…、」とブログをはじめたことを、わんこさんに初告白したのもこの頃でした。
「ブログの中では、あなたは「わんこさん」という名前で。今までのできごとをおはなしにして書いているの。いいねボタンを押して応援してくれる人も日ごとに増えてきているんだよ。きっとすごく遠くに住んでいる、会ったことはないけれど優しい人が、わんこさんのことを応援してくれている。だからほら、がんばって歩かなくちゃね。」
そんな私の言葉を、わんこさんはゆっくり歩きながら、時には完全に立ち止まりながら、黙って聞いていました。
わんこさんに遊び仲間とみなされていた私は、上下関係のヒエラルキーの中でずっとわんこさんと同じ立ち位置にいた。それが脳梗塞発症を境に、急に庇護する側・される側と分けられてしまった。その変化にじっくり戸惑うことも許されず、バタバタと始まった介護生活。最初は寝たきりからスタート。不安だらけでした。でも、日を追うごとに回復してくれた。これまでの1年以上を乗りきれたんだから、これからだってやっていける。根拠のない自信がありました。
病気の影響で、今までできていたことができなくなっていっても、認知症で分からなくなってしまう事柄が増えたとしても。今ここにいて、私たちを見上げているわんこさんの目は、以前とどこも変わらない。私たちのことをきちんと認識できている。信頼してくれている。私たちの感情だって、ちゃんと伝わっている。だから、大丈夫。そして、私たちがしっかりしていなくては、わんこさんに不安が伝わってしまう。
何か困ったことが起こったら、家族全員知恵を絞って力を合わせて乗り越えよう。できるだけ明るく楽しく、どんな時でも笑いを忘れず。口にしなくてもたぶん、家族みんながそう思っていた。わんこさんを中心にして支えあっていられた。
もう普通の生活とは呼べない、介護の生活をしていて。健康上の気になることを上げればきりがなかったけれど、それでもまだ大丈夫、と思えた。ゆっくり歩くわんこさんにふさわしい擬音はもうよぼよぼ、とかよたよた、とかの老いを感じさせるものだったけれど、まだ一緒にいられる。そう信じていられる生命力を感じられた。
しあわせな時間でした。こんな日々がこのままゆるゆると長く長くけばいい。そう願っていました。
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