煙草が消えてしまうと、ディディエは窓から外に捨てた。車内の灰皿に捨てるのは、匂いがこもって好きじゃない。ロランを最後に誰も電話をかけてこない。時刻は8時を過ぎている。道路は思ったよりも空いていて、ペリフェリックを降りた今は市内の左岸を走っている。ディディエはジュリアンに電話をかけるために音楽のボリュームを落とすが、今度は留守番電話になっている。
「なんだよ」
ディディエは軽く舌打ちをする。ジュリアンは、おかしなところのある男だ。自分から電話を掛けて来今日は会おうと誘ってくるのに、いざ近くまできて電話で知らせようとすると電話に出ない。電子メッセージが消えるとディディエは音声を吹き込む。
「サリュ、ジュリアン、ディディエだ。今、トルビアック通りでこれからダンフェール・ロシュロウに向かう。後10分もしないうちにオフィスに着くんだけど、どこにいるのさ。メッセージ聞いたら電話ちょうだい。それじゃね」
ディディエは車の運転が好きだ。車を運転しながら好きな音楽のボリュームを上げて聞いているのは、もやもやした気持ちも一遍にすかっとする気がした。昔は2輪車にまたがり風を切って走るのが好きだったが、事故を起こして3カ月仕事にならなかった。事故を起こした時、ママンにはひどく怒られた。
「だいたいね、何で二つしかないタイヤを運転して安全だと思うのよ、4つのタイヤの自動車があるでしょ!同じ走るのでも、鉄で固まったものに生身の体がかなうと思うの?あんた、いい加減にしてちょうだい!」
以来、二輪車は運転するのをやめた。
ママンか、とディディエは母を思い出した。いけない、いけない、彼女のことを思い出すのは後から後から余計なことまで思い出す。何か他のことを考えなくちゃ。赤信号で車を止める。今晩は、ジュリアンから電話が掛ってくるだろうか。掛ってこなかったらどうしよう。あいつは気分屋でもあるからな。せっかくパリまでやってきたのに、このまま家に帰るのか?青信号に変わってディディエは車を発進させる。そうか、それならオレリーに電話してもいいな。ジュリアンから電話がないなら、そうしよう。でも、彼女はうるさいんだ。いつも’金曜日は何するの’とか’休日はどうするの’とか。もっと放っておいて欲しいし、会いたくなったら会いに行くから黙って待ってりゃ、まだ俺からだって連絡するのに。また信号が赤になった。そこで電話が鳴った。ジュリアンからだ。
「アロー、ジュリアン?もうダンフェールだよ、今どこにいるのさ?オフィスね、わかった、今いくよ」
青信号に変わる。ディディエはアクセルを踏む。オレリー、悪いね。ジュリアンから電話が来たから、君に会うのはまたにするよ。ディディエはジュリアンの電話を切ると、ダンフェールの駅前を抜けサンジャック大通りへとハンドルを切った。
つづく