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wii / La farine

どうにもならないのに

 クローゼットを開けたまま、私は何を着て行こうかを考えていた。パンツを穿き変え、プルを着替えるたびに洗面所に立ち、自分の姿を壁一面の鏡に映した。むくんでいる顔には何を着ても似合わない。食事をしたのに身体はどこか冷えたままだ。3月とはいえ、外はまだ寒い。車で出かけるならともかく、メトロでの移動にはスカートは適当ではない。安全面からも、夜間は用心するに越したことがない。結局、闇にまぎれる黒い色の服を選び、同色のパンツを穿いた。目立たないのは良いことだ。私はコートを着て、マフラーを首にまいた。全身が黒一色なのは、まるでカラスのようだった。荷物は持たず、財布に身分証明書とユーロ札を入れてポケットにしまい、部屋の明かりを消した。扉を閉め、鍵をかけて外階段を上がる。

 ヴァノー通りに人影はなかった。この通りは、北に向かって車は一方通行だった。昼間はそれでもアンヴァリッド大通りを避けた車が多く走り、両脇の歩道を行きかう人も多いが、近くのスーパーが閉まる20時を過ぎる頃には人どおりが途端に少なくなる。夜が更ける頃にもなると、大通りを走る方が通りに人が急に出て来ないという安心感から、通る車も減った。

 地下鉄10番線のヴァノー駅へは、セーブル通りに向けてヴァノー通りを南におりて行く。バビロン通りを越えて、ワンブロックと少し歩くと左側に夜間にはひときわ暗い場所がある。昔の病院跡だった。このあたりに街灯はないから、夜にもなれば、病院跡一帯が闇となる。建物は、長い間人の出入りがないと痛みも早まり、おかしな噂を聞くものだ。この通りに引っ越してきてからしばらく経つのに、一向にあの場所に解体工事が始まる気配はなかった。誰も住んでいないだけに、病院側の歩道には犬のふんが多かった。省庁の多い7区の街中に長いこと残されている病院跡には不思議な感じがした。病院跡の前は瀟洒なアパルトマンが立ち並ぶのに、真夜中12時近い時間はどの窓も暗く、あたりは余計にひっそりとしていた。夜に病院跡の前を歩くのは好きではなかった。その場所を通ると、どういうわけか両肩が重くなるような気がし、家に帰ってからはどうにも寝付けないからだった。けれども、その晩選んだクラブに行くには、10番線最終駅のオーストリッツ駅へメトロ一本で行かれる。便利さのために、ヴァノー通りをくだり、病院跡の前に差し掛かっていた。


  つづく