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wii / La farine

どうにもならないのに

 車が来ないので、私は車道を歩いていた。歩道に残された犬の糞を踏む心配もない。オーストリッツ駅行きの最終は何時だったろうか。時計を見たとき、私を大急ぎで男が追い越した。足音もなく仰天した。みるみるうちに男の影が闇に消える。つい後ろを振り返ったが、通りにはもう人の気配はなく辺りは静かで、アパルトマンのいくつかの窓から小さく明かりがもれているだけだ。歩き進むと少し前の通りを車が一台横切った。あそこがセーブル通りだ。その角を左に曲がれば、すぐにヴァノー駅がある。地下鉄はたぶん1時頃まで走っているだろうけれど、終着駅まで行くのだろうか。途中で降ろされたらどうしよう。夜間にはタクシーを捕まえるのが大変だ。東京が懐かしい。まあ良い。目的地に行かれないならそれまでだ。パリの街はそう広くはない。見つからないなら歩いて帰ってくればいいじゃないか。だから、郊外でなく市内のクラブを選んだのだ。

 ヴァノー通りはセーブル通りにぶつかって、終わる。左に曲がればヴァノー駅の入口が見えてくる。私は地下鉄の階段を下りる。コンコースを通って、スタッフのいない改札口に磁気カードをあてて入口を入る。ホームには私だけだ。地下鉄の接近を知らせるサインが点滅する。地下鉄が到着し、ボタンを押して扉を開ける。人影少ない車内に女はいない。顔をあげた黒人と目があった。彼は頭からつま先まで私を眺める。その視線に気づかないふりして、すぐ近くの二人掛けの椅子に座ったところで発車した。暗いトンネルの中を、地下鉄は東へと走っていく。


 ディディエはマウスを器用に操作して、電源を切った。ロランのオフィスで仕事をしていたのだ。白い粉を楽しめば、神経が高ぶり眠れない。それで、頼まれた仕事を早く終えようとしたのだが、ディディエが見たところ、ロランが話していた2台のコンピュータには特に不具合は見られなかった。インストールをし直さなくてはならないかと思っていたが、その心配もなさそうだ。

 携帯を取り出し、時刻を確かめる。1時45分と表示されていた。なぜか、オレリーの顔が思い浮かんだ。肉づきが良く、ディディエには優しい女だった。でも、ディディエから電話することはあまりなかった。ポケットに手をつっこんで煙草を探しながらも、人のオフィスで吸うのはやめようと思いなおした。ディディエは椅子を机にしまいながら、携帯の着信を調べる。オレリーから12時すぎに電話があったらしい。消音にしていたから気づかなかった。携帯でジュリアンの番号を探して電話をかける。ジュリアンはすぐに出た。

「サリュ、ディディ。どこにいるの?」

「ロランさんのオフィスだよ。仕事してたんだ。思いのほか早く終わった。今どこにいるの?みんな一緒?」

 ジュリアンが咳き込んだ。その後ろで誰かが騒いでるのが聞こえた。


  つづく