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wii / La farine

どうにもならないのに

 ダンスフロアにはいろんな男がいて、女がいて、一緒に踊っているかと思えば、ひとりでステップを踏んでいる人もいる。クラブとはいえ船を改装してある店だから、あまり広いスペースはない。天井は高くはなく、両壁に沿って低いスツールがずらりと並べてあるから、それだけダンスフロアは狭くなる。男に腰を抱かれながら激しく踊る女の肘が私のわき腹にあたり、一瞬息が止まった。外人女がひとりでこんなとこ来るんじゃないと暗にとがめられたのだろうか。でも、きっと私の思い過ごしなのだろう。呼吸をするたび、やけに痛む。トイレに行こうとその場を離れた。

 階段を上りきった右側が女性用のトイレになっていた。ここにいるのは女ばかりだ。ひとりで来ていても、列に並んでいれば、誰かと一緒でもトイレには一人で来たふりができるような気がして気楽に感じた。私はわき腹を押さえたままだった。個室は二つで、中から人が出てきて扉が開けられるたび、嫌な臭いが鼻をつくが、個室の扉が閉められると少し臭いが和らいだ。私の前に立つ女は年上に見えメガネを掛けており、小太りでショルダーを斜めがけにしていた。個室の中から女と男が出てきたのには驚いてしまい、私は声をあげた。

「すみませんね」

 女に手を引かれて男は謝りながら出て行ていく。女は鼻をすすっていた。小太りの女と顔を見合わせた。

「ここは女性用ですよね、なぜ男性がいるのでしょう?どうして二人で個室に?」

 小太りの女はそれに答えず、いけないわねえ、良くないわとでもいうように首を左右に振りながら、空いた個室に入っていった。

 肘を当てられた痛みはずいぶんと収まっていたけれど、すぐにダンスフロアに戻る気にはならなかった。トイレを出て右の狭い出入り口から外に出ていく人がいる。その後をついていくと、甲板に出た。透明のビニール・シートかけられ、直接川風があたらないようになっている。寒い晩なのだから、薄着では身体が冷えるけれども、踊っていたせいか、まだ寒さは感じなかった。人がまばらに立って、酒を飲んで談笑しながら、煙草を吸っている。私もポケットから煙草の箱を取り出し、火を点けた。煙を吸い込んで口から吐き出した時、ここにいるのも持て余しているのを感じた。

 セーヌ河に停泊している船を改造したクラブだという触れ込みと音楽のジャンルを選んでここに来た。入場料がないというのも気にいった。来週月曜日までの課題は終えてあったから、この週末をゆっくり眠って過ごすのも良かったのだろう。けれども、なぜか休めない。頭が冴えてしまって眠れないから、身体を動かす必要があると考えてこの場所に来た。最大のボリュームで音楽を聞いて踊れば運動にもなり、身体が疲れてゆっくり眠れるはずだと期待した。煙草はまた手放せなくなった。ずいぶん長い間禁煙できていたのに残念だ。遠くから男が私を見ているのがわかった。ひとりで来ている女などいない。いるなら誰かにナンパされに来ているようなものだ。いつも誰かに見られてはいる。それはいつも遠巻きであり、でも、声など掛けられることはない。東洋人がひとりきり。パリの街でもひとりきり。だから何だと、誰かを問い詰めたくなることがある。

 いきなり肩に重みを感じた。コートを掛けられた。

「寒くないの?風邪ひくよ」

 横から顔を覗き込むようにして、私の隣に男が立った。


  つづく