殴り合いはしていない。けれども、馬のりになったアンドレは両手で男の首元をつかみ、怒鳴っている。早口すぎて、単語を知らなくて、何をいっているのかまるでわからない。女の子二人ものんびりとした様子で事の成り行きを見守っている。バーカウンターで酒を出していた男たち二人が、フロアに出てきてアンドレの肩をつかみ、男から引き離しはじめた。 手が振りかざされるのを見た気がして視線をあげると、アンドレと男によってテーブルが押しつけられたバーカウンターの向こう側にいるマルタンが私を手招きしていた。声を出さない口元からは、’来いよ、一緒に帰ろう’と伝えようとしているのがわかった。パスカルは彼の隣りで肘をついてビールを飲んでいたが、私に気づく様子はなかった。
マルタンと一緒に船内に入り、音楽が鳴り響く中階段を下りたところでパスカルに声を掛けられた時には驚いた。すでに十分酔っていたパスカルがまだここにいて、鉢合わせするなど考えていなかった。アフリカに行こうと誘われて抱きしめられた時は、このきれいな男の子と一緒に本当にかの地に飛んで行ってしまえたら何が待っているのかと考え浮かれた。パスカルに腕を掴まれた時に私の傍から離れてしまったマルタンには、整った顔立ちへの未練はあったけれど、どれほど誘われてももうこころが動かなかった。眉間にしわを寄せたマルタンが小さく手招きを繰り返している。私は小さく、首を横に振った。
「ったくよお、なんだよ、あいつは」とかなんとかいいながら、アンドレがグループに戻ってきた。ジュリアンは、皆にシャンパーニュを注いでいる。マルタンを見ながらプラスチックカップをジュリアンに差し出して、自分にも入れてくれと頼むと、ジュリアンはほんの少し顔を顰めはしたものの、二杯は口に含めそうな量を注いでくれた。マルタンはパスカルに何か声を掛け、バーカウンターから離れていくのが見えた。ディディエが私の隣からジュリアンにカップを差し出し、それを軽く上下すると、ジュリアンはやはり少し顔をしかめて「もう、ほとんどないんだけれどね」といいながら、最後のシャンパーニュを注ぎきった。
つづく