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wii / La farine

どうにもならないのに

 4月が近くても、パリの夜明けはまだ遅い。夏には4時を過ぎれば空が白み始めるのに、この時期の夜明けは7時近い。NIX NOXは変わらずに曲が流れ、ダンスフロアではライトがせわしなく回っている。アンドレはひとりで何かをぶつぶつと口走り、ディディエはジュリアンと笑い転げていた。女の子ふたりは何処へ消えたのか、バーカウンターの近くに姿は見えなかった。カウンターの上には先ほどまでみなが群がっていたシャンパーニュの空いた瓶が置き去りにされ、まわりに空いたカップが転がっている。これからどうしようか。地下鉄が走り始めているなら帰ろうと考えたとき、いきなり音楽が鳴りやみ、明度を落としていたライトが明るくなった。ディスコが終わるときまで店にいたことはなかったから、いきなり訪れた終わりのサインに驚いた。名前を呼ばれた気がして振り向くと、ディディエがにこにこと笑っていた。

「あのさ、これからどうすんの?」

「帰るわ。その前にコートを預けてあるから取りに行かなくちゃならないの」といいながら、ヴェスティエールで渡すタグを見せた。終わったディスコに長居する理由などないから、誰よりも早く上着を受け取ろうとする人たちでヴェスティエールは混んでいた。コートを引き渡すのはひとりしかおらず、自分の番が回ってくるまで時間がかかりそうだと思ったときに、「それ、頂戴」といいながらディディエがタグをもぎ取り、並んでいる列の横から最前列に行った。見覚えのあるコートを持って、すぐにディディエが戻ってきてくれた。礼をいうと、ディディエはにっこり笑って、「礼なんていらないよ、それより、コーヒーを飲みに行こうよ」という。

「夜が明けたばかりでしょ、まだ、朝早いんじゃない?どこか知ってるの?」

「うん、知ってるよ。そういえばさ、君、どこに住んでんの?」

「ここよ」

「’NIX NOX’?」

 私は大笑いしてしまった。ビールをたくさん飲んだ後のシャンパーニュに酔ったのかもしれない。

「違うわ、パリ市にってことよ。7区に住んでるの」

「へえ、素敵だね。場所はどこ?」

「ヴァノーよ」

 小首をかしげながら、ディディエは「家まで送るからその間にカフェを探そう」と提案した。丸窓の外はまだ太陽が昇り始めたばかりで、この時間に開いているカフェなどありはしない。少し前まで楽しく話していた男だけれど、NIX NOXを一緒に出て行く気にはならなかった。ジュリアンがやってき、「ディディ、何してんのさ、早く帰ろうよ」といっている。ひとりで帰る者がみんなと帰る人を見送ることほど、遊んだ後ではつまらないことはない。

「ほらね、ジュリアンがお待ちかねよ」

 私はディディエにコートの礼をもう一度いって、階上の出口へと向かった。


  つづく